コレクション展の隠し味 【イチローズ・アート・バー】 第16回  東京都現代美術館のリニューアル・オープン企画展

東京・ニューヨークで展覧会企画に携わった読売新聞事業局・陶山(すやま)伊知郎の美術を巡るコラムです。

東京都現代美術館(東京・江東区の木場公園内)が1995年の開館以来初となる、約3年間の長期休館による改修工事を終え、今年3月にリニューアルオープンした。

照明、床などの設備更新だけでなく、図書室に子供用スペースを設け、中庭にベンチを置いてくつろげるように工夫したり、ロビーに木の案内表示板を置いたりと、より親しみやすさをアピールしている。現代アートへの関心の高まりに加え、同美術館の周りでマンション建設が進み、隣の清澄白河エリアにカフェやショップが増え、親子連れや若い人の利用が目立つようになったことが背景にある。

中庭は無料で入ることが出来る

 

リニューアル記念として開かれているのが、同館の収蔵品を中心に日本の近現代美術の歩みを振り返る企画展「百年の編み手たちー流動する日本の近現代美術―」。5400点を超える作品、27万点余を数える図書資料を擁する同美術館ならではの企画で、約600点に及ぶ作品と資料を14章構成、3フロアにわたって一挙展示し、「1回ではとても見切れない」という来館者の悲鳴にも似た感想がSNSを賑わせている。

第1章で岸田劉生や恩地孝四郎の作品をまとめて展示するなど、最初からコレクションの質と厚みをアピール。さらに複数の作家の作品を取り混ぜて展示したり、ひとりの作家についても時代によって展示フロアを変えたりと自在な構成で、作品に新たな表情を与えて話題を集めている。

休館中に前衛芸術家の中原実、朝倉摂、柳瀬正夢の遺族からまとまった作品・資料が寄贈された。同館の豊かな所蔵品と日本近現代美術における研究、展覧会の実績が磁力となって、新しい作品・資料を引き寄せたともいえるだろう。これらの「新顔」は膨大な展示に密やかなアクセントを加えている。「隠し味」として紹介したい。

ダ・ヴィンチを夢見た歯科医学者の青春  中原実

中原実(18931990年)は、大正から昭和にかけて、前衛美術運動を推進し、臨床のかたわら、研究も行う歯科医学者としては日本歯科医師会長まで務めた多能多才な人物。ルネサンス期の科学者で、芸術家のレオナルド・ダ・ヴィンチを目指していたともいう。

中原は1910年代に米ハーバード大学で学んだ後、アメリカとフランスで歯科医師として経験を積む。フランスでは、陸軍歯科医として第一次世界大戦の負傷兵の治療に従事する一方、前衛芸術に接して自ら絵画制作も行い、さらにベルリンも訪れるなど、新しい芸術運動のダダなど新しい表現への関心を深めている。フランス陸軍歯科医時代には、歯科形成(歯やあごの修復・改善)も手がけたという。作品からは損傷した身体や破壊された都市を目の当たりにした経験がひっかけとなって、断片化したモティーフを再構成する当時の美術動向に共鳴し、制作を展開していったことがうかがわれる。

「乾坤」 1925年 油絵/カンヴァス

 

23年に帰国した後は、日本歯科医学専門学校(現・日本歯科大学)の教授を務める一方、絵を描いたり、自らギャラリーを開いて前衛美術展を催したりと、八面六臂の活躍をした。両大戦間の日本の前衛美術の展開に及ぼした影響は小さくないが、「歯科医学者としての活躍ばかりに目が向き、芸術家としての重要性が広く知られているとは言えない」と東京都現代美術館・学芸員の関直子さんは言う。

「題不明(鏡の中の四次元空間)」制作年不明 油彩/カンヴァス

 

中原家から、今回が初公開となる「題不明(鏡の中の四次元空間)」を含む約40点が寄贈され、そのほぼ半数が展示されている。エネルギッシュな中原にふさわしく、壁全体を使い、縦横に作品を配したダイナミックな展示となっている。

日本画家から舞台美術家の第一人者へ  朝倉摂

朝倉摂(あさくら・せつ:19222014年)は、日本を代表する舞台美術家、衣装デザイナーとして知られるが、出発点は日本画だった。彫刻家・朝倉文夫の長女で、大正・昭和の大家・伊東深水の門下生として頭角を現すが、やがて洋画に転じ、1960年代からは舞台美術に仕事の軸足を移した。以後、舞台美術の第一人者として1200本を超す作品を手がけ、90歳を超えても現役で活動を続けた。前衛性と日本の伝統が溶け合った美意識は、国内外で高く評価された。

「群れ」(1954年、顔料/カンヴァス:左)など1950年代の作品

 

そうした経歴を持つ朝倉だが、50年代は市井の人々や労働者などに目を向けていた。舞台美術に移行する過程で、無機的、抽象的な感覚が前面に出てくる。その転期となった60年代を中心とする作品、資料が2017年、遺族から寄贈された。

「働く人」(1952年、顔料/紙、山口県立美術館蔵:左)と「1963」(1963年、水性絵具、顔料/合板)

 

舞台美術は20世紀前半の芸術運動、ロシア・アヴァンギャルドで盛んに取り上げられた分野で、「現代美術のインスタレーションとも親和性が高い」と関さん。朝倉の作品が集められた一角は、絵画から舞台美術への静かな「離陸」が感じられる空間となっている。

 

 

舞台「メテオール」のためのイメージドローイング(1970年:左下)

壁から出てきた「禁書」 柳瀬正夢

柳瀬正夢(やなせ・まさむ:190045年)は、大正から昭和にかけて前衛美術やプロレタリア美術で活躍した画家。読売新聞に所属して漫画を描いていた時期もあり、近年は漫画家や風刺画家としての側面も注目されている。 東京都現代美術館には、既に遺族から柳瀬の作品や関連資料が約1300点寄贈されていたが、新たに2017年、柳瀬が秘蔵していた1920-30年代を中心とする書籍・雑誌類、約300点が収蔵品に加わった。今回の寄贈品には異色の資料が混じっている。マルクス・レーニン主義、ソ連の芸術・思想に関わる書籍・雑誌で、柳瀬が装丁を手掛けたものもある。

 

柳瀬は共産主義に共鳴し、関連書籍・雑誌を数多く蔵していた。治安維持法が制定されて以来、左翼思想は厳しい取り締まりの対象となった。家に踏み込まれた場合、共産主義関連の書籍は動かぬ証拠となる。柳瀬は思わぬ秘策を講じて、これに備えた。家の壁の中に300冊を超える書籍類を埋め込み、封印してしまったのだ。

柳瀬は戦争末期の45年に没するが、埋め込まれた書籍の存在は家族も知らぬまま、昭和が過ぎた。平成もまもなく終わる2017年、偶然がこの資料の発見をもたらした。

柳瀬の旧居改修のための調査中に、壁の中から秘匿した「禁書」が出てきたのだ。出版されてほどなく埋め込まれたらしい。状態もよく、色もきれいに残っていた。今回、まさに「発掘」された柳瀬の蔵書21冊が展示されている。タイムカプセルで運ばれてきたかのようなマルクス「資本論」などは、反共の当時の世相と、それに対峙する柳瀬正夢の一面を生々しく伝える。本の裏にある文字通りの「隠し味」だ。

 

中央がマルクス「資本論」。右はレーニン(Lenin)の著作。

 

中原、朝倉、柳瀬をはじめ、作家や作品・資料の背景を知ると、一層味わいが広がるコレクション展である。

 (読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

 「百年の編み手たち─流動する日本の近現代美術─」

2019329日(金)〜616日(日)  東京都現代美術館

*併催のコレクション展「MOTコレクション ただいま/はじめまして」も616日まで開催。

 

 

 

 

 

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