彫刻家にとってデッサンとは? 【きよみのつぶやき】第16回(「空間に線を引く-彫刻とデッサン展」)

ベテランアート記者・高野清見が、美術にまつわることをさまざまな切り口でつぶやくコラムです。

空間に線を引く-彫刻とデッサン展

※いずれも2019年の開催
4月20日(土)~6月9日(日) 平塚市美術館(神奈川県)
6月16日(日)~7月28日(日) 足利市立美術館(栃木県)
8月10日(土)~9月23日(月・祝) 碧南市藤井達吉現代美術館(愛知県)
10月5日(土)~12月8日(日) 町立久万美術館(愛媛県)

舟越直木の展示コーナー(平塚市美術館で)

 

彫刻家20人の彫刻 × デッサン

「デッサン」とは何か? と聞かれても答えるのは意外に難しい。
作者によっても制作上の位置づけは異なり、たとえば作品の「設計図」とも言うべき精細な下絵(下図)もあれば、イメージを手探りしている段階を生々しく伝えるものもある。

画家と彫刻家を比べても、デッサンに対する姿勢は違う。デッサンを基にして絵画を描くのは同じ平面から平面への移行だが、彫刻は「二次元」(平面)から「三次元」(立体)へと、次元の転換が必要になるからだ。

彫刻家とデッサンとの関係に焦点を絞り、20人の彫刻作品と、それらの基になった、あるいは関係性の深いデッサンを一堂に集めた「空間に線を引く-彫刻とデッサン展」が開かれている。平塚市美術館からスタートし、栃木県、愛知県、愛媛県の公立美術館に巡回する。もともと平塚市美術館館長代理の土方明司さんが足利市立美術館次長の江尻潔さんに声をかけ、さらに呼びかけに応じた他の2館の学芸員たちと作り上げた企画展だ。

平塚市美術館で観客を前にギャラリートークを行う土方明司さん(左)と江尻潔さん。手前は柳原義達「座る女」(1958年、ブロンズ 三重県立美術館)

 

ちなみに土方さん、江尻さんの2人は、全国約150館の公立美術館が展覧会を共同企画して巡回させている「美術館連絡協議会」などのネットワークも活用しながら、「リアル(写実)のゆくえ」展(2017年)、「画家の詩、詩人の絵」展(2015~16年)といった斬新な視点による話題の企画展をいくつも手がけてきたベテラン学芸員。平塚も足利も東京から行くには半日がかりの距離だが、行けば必ず新しい知見を与えてくれる美術館なので、「わざわざ見に行って損はしない」と強調しておきたい。

プロローグは橋本平八の「石」

展覧会は「具象」「抽象」に大別し、戦後日本の「具象彫刻」を代表する柳原義達、舟越保武、佐藤忠良の3人をはじめ、飯田善國、保田春彦、砂澤ビッキ、若林奮(いさむ)などの物故者と、今も精力的に発表を続ける戸谷成雄、多和圭三、舟越桂、青木野枝、三沢厚彦、棚田康司などを紹介している。

その中でただ一人、戦前の彫刻家である橋本平八(1897~1935年)がプロローグとして紹介されている。38歳で早世した橋本は、明治以降の近代日本彫刻が西洋美術の流入に強く影響された中にあって独自に西洋と東洋の融合をめざし、特異な作品を残した。昭和初期に発表した「花園に遊ぶ天女」 などの木彫は、日本古来の神仏表現にも通じるところがあり、神秘的な雰囲気すら感じさせる。

今回の展示作品の中で「石に就(つい)て(附原石)」は何の変哲もない石を木に彫っただけのもの。「附(つけたり)原石」と題名にあるように、わざわざ元の石も添えられている。橋本平八の日記には石が実物よりはるかに大きい蓬莱山(神山)として描かれ、デッサンを通して人智を超えた聖性を見いだし、それを彫刻にも宿そうとしたことがうかがえる。

橋本の存在は、彫刻家のデッサンが「いかに木や石を造形するか」を念頭に置いて描かれるものであること、そして「見たものを正確に写す」ことを眼目とする西洋美術のデッサンに対して、日本の彫刻家が時としてそれを超えた心性を重ねてきたことを教えている。

橋本平八「石に就て(附原石)」(1928年、木に彩色)。日記(手前)と原石(その奥)、彫刻作品(右)

戦後「具象彫刻」の3巨匠

橋本平八に続いて紹介されるのは、柳原義達(1910~2004年)、舟越保武(1912~2002年)、佐藤忠良(1912~2011年)。戦後日本の「具象彫刻」を代表する3人は、デッサンも作品として高く評価されているが、描き方はまさに三者三様だ。

カトリック信者でもある舟越保武は、長崎市の「日本二十六聖人記念碑」や聖女の像で知られる。舟越は「彫刻とデッサン」と題したエッセーで、「彫刻を作るための設計図のような意味でデッサンをする場合と、人体を眼で記憶してそれを心に写し留めるためのものと、私にとって、デッサンは多面的な役割をしているように思う」と記した。

その「心に写し留めるもの」として描かれたものに、代表作「聖クララ」(今回は彫刻、デッサンとも出品されていない)の基になったデッサンがある。舟越はイタリアのアッシジで雨宿りした時に見た「この世のものとは思われないほど美しい」修道女の横顔を記憶し、何枚ものデッサンを描いた。しかし旅に同行していた道子夫人から「あの時、そんな人はいなかった」と言われたという(エッセー「聖女クララのデッサン」)。
舟越が彫った清らかな女性像には、そんな幻想的なエピソードがよく似合う。

舟越保武「LOLA」(1972年、大理石 岩手県立美術館)と、木炭によるデッサン

 

佐藤忠良は絵本「おおきなかぶ」でも親しまれている彫刻家。「デッサンは、作者の眼と心の硬化を防ぐ息のながい体操のようなもの」という文章を残している通り、最晩年まで自宅近くのアトリエに通い、日課のようにデッサンを描いた。展示室に並んだデッサン群は、勲章などの栄誉を辞退して「職人」に徹した人らしい、手の営みの集積だ。

佐藤忠良「若い女」(1961年、ブロンズ 宮城県美術館)と、女性を描いたデッサン

「紙がすり切れるような筆圧」

舟越、佐藤の2人に対して、柳原義達のデッサンはコンテやボールペンによるおびただしい線が走り、対象と格闘するかのような激しさに満ちている。「彫刻とは、根本的には触覚空間の芸術である。(中略)私たちは対象に触手をのばし、対象を手さぐる」という文章を残したが、デッサンはまさにその痕跡だ。

平塚市美術館の土方さんは若い頃、柳原のアトリエを何度か訪れる機会があったが、デッサンを見て驚いたという。「大抵ボールペンで描かれていたが、紙がすり切れるような筆圧で、まるで彫刻するようにデッサンをしている。二次元の紙の上に、すでに彫刻を生み出すような感覚で描いている。画家と彫刻家ではデッサンに対する意識がまったく違うのだと実感した」とギャラリートークで観客に語った。

柳原義達「道標・鳩」(1986年、ブロンズ 三重県立美術館)とデッサン

舟越直木さんの展示

今回の展覧会では、たとえ知名度がそれほど高いとは言えなくても、学芸員たちが重要とみなす彫刻家も紹介している。その中で私が特に見たいと望んでいた舟越直木さん(1953~2017年)の作品を紹介したい。

舟越保武には、幼くして亡くなった長男のほかに2人の息子がいた。次男の桂さん(1951年生まれ)は現代日本の具象彫刻を代表する一人。三男の直木さんも絵画から抽象彫刻に転じた。ちなみに2人の長姉である末盛千枝子さんは児童図書などを通じて上皇后さまと交流が深く、著書『橋をかける』を出版したことでも知られる編集者。上皇后さまはかつて東京都内の美術館で開かれた舟越保武展、舟越桂展にも足を運ばれている。

直木さんは東京・銀座の「なびす画廊」(2017年閉廊)、「ギャラリーせいほう」などで個展を開き、美術評論家や学芸員の一部に高く評価されていたが、一般に広く知られる機会のないまま64歳で亡くなった。しかし、作品は東京国立近代美術館などに収蔵され、2018年には世田谷美術館の常設展示室で「追悼-舟越直木」と題するコーナー展示が行われるなど、才能と人柄を惜しむ美術関係者は多い。

舟越直木「Serampore」(1989年、ブロンズ MTMコレクション)=中央=と、「The Ace of Heart」(1997年、合金 世田谷美術館)、「作品」(1986年、ブロンズ 世田谷美術館)とドローイング

 

私は文化部の美術担当になった2001年以降の個展しか見ていないが、一度見ただけの彫刻やドローイングがいつまでも頭に残るのが常だった。
それらは、ちょっととらえどころのない表情をしている。たとえば上の写真中央にある彫刻「Serampore」は軟体動物の触手のようだし、左右の彫刻も不思議な形だ。それぞれの後ろには彫刻に対応するデッサン――ここでは本人が使っていた「ドローイング」(英語)という言葉で呼びたい――が並んでいるが、やはり何を表現したものかよく分からない。
しかし、作者自身が彫刻とドローイングの関係について書いた次の文章を読むと、そのとらえようのなさが作品の本質であり、魅力なのだと気づかされる。

《 自分の中にある、おぼろげな形と紙の上に描かれた形が自分に語ってくるもの。
絵や彫刻として実現してしまったものと自分の中でウッスラとした影のように存在しているものがある。
でも描いたり彫刻にしたりする以外に自分の中で見ているものが何なのか目に見えるようにする方法はない。・・・》

直木さんに会ったのはわずか3回ほど。繊細で不器用で、ぶっきら棒にも見えるけれど寂しがり屋という印象が残っている。亡くなる前の数年間に描いた女性像には、ぼんやりとした表情が浮かび出しており、もっと制作を続けていれば抽象表現を超えた新たな世界が開けていたのかもしれない、と思う。

舟越直木「マグダラのマリア」(2013年 木炭、パステル・紙 個人蔵)=左端=などの人物像

 

平塚市美術館の会場では、直木さんの展示コーナーを幅広く取り、しかも抽象彫刻の巨匠・若林奮(いさむ)の隣という絶好の場所が設定されていた。

なぜですか? と聞くと、土方さんと江尻さんからは「どうしても若林さんの隣に展示したかった。2人とも実体のないものを形にしようとした彫刻家だったと思うから」という答えが返ってきた。

生前の直木さんを知る2人だが、個人的な情を超え、一人の彫刻家を美術史の中に埋もれさせたくないという学芸員としての強い思いが感じられた。

(読売新聞東京本社事業局専門委員 高野清見)

舟越桂の彫刻「青の書」(楠に彩色、大理石、ブリキ、ステンレス、ガラス)とドローイング=いずれも2017年、作家蔵

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