作家・大岡玲×「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」 【スペシャリスト 鑑賞の流儀】

「スペシャリスト 鑑賞の流儀」は、さまざまな分野の第一線で活躍するスペシャリストが話題の美術展を訪れ、一味違った切り口で美術の魅力を語ります。

作家の大岡玲さんに、東京都美術館(東京・上野公園)の「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」を鑑賞していただきました。

大岡玲(おおおか・あきら)

作家。東京経済大学教授。1958年、東京生まれ。東京外国語大学修士課程修了。1990年、「表層生活」で第102回芥川賞。他の作品に「ブラック・マジック」「ヒ・ノ・マ・ル」「黄昏のストーム・シーディング」(第2回三島由紀夫賞)など。2019年1月に刊行された『開高健短篇選』(岩波文庫)の編者を務め、巻末の解説も担当した。父は詩人の故・大岡信さん。

”傍流”扱いされた画家たち

近年の「若冲ブーム」「江戸絵画ブーム」の立役者が、美術史家で東大名誉教授の辻惟雄(のぶお)先生であることはよく知られています。
辻先生は1970年、38歳の時に『奇想の系譜』(美術出版社刊、現在は「ちくま学芸文庫」)を出版しました。江戸時代に斬新な絵画表現を展開しながらも、狩野探幽などの狩野派、尾形光琳などの琳派といった主流に対し、美術史研究で長らく傍流扱いされてきた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲(じゃくちゅう)、曽我蕭白(しょうはく)、長沢芦雪(ろせつ)、歌川国芳の6人を、発想の奇抜さとスケールにおいて西洋絵画の空間性や奥行きに匹敵する「奇想の画家」として紹介しました。

本展はその6人に、辻先生がその後の研究で「奇想の系譜」に連なる重要人物と見なし、近年相次いで大規模な展覧会が開かれるなど再評価が著しい白隠慧鶴(はくいんえかく)、鈴木其一(きいつ)を加えた計8人の作品100点余り(展示替えあり)が一堂に会する貴重な機会となっています。

伊藤若冲《象と鯨図屏風》(部分・右隻)  紙本墨画 六曲一双 各159.4×354.0cm 寛政9年(1797年) 滋賀・MIHO MUSEUM
伊藤若冲 《象と鯨図屛風》(部分・左隻)  紙本墨画 六曲一双 各159.4×354.0cm 寛政9年(1797年) 滋賀・MIHO MUSEUM

 

”見る人を驚かせたい”

私は辻先生が『奇想の系譜』を書かれた頃から彼らに興味がありました。司馬遼太郎さんが芦雪や呉春、円山応挙や与謝蕪村など京都の絵師たちを描いた短編「天明の絵師」「蘆雪を殺す」(『最後の伊賀者』講談社文庫)も読み、彼らが互いに刺激を受けながら傑作を生み出した18世紀の京都画壇の沸騰ぶりを、非常に独特なものだと考えたからです。

「美」とは通常、「感動する」ことだと思われがちです。しかし、「驚く」ことも美の要素の一つ。それがこの展覧会を見るとよく分かります。
奇想の画家たちは、見る人を驚かせたい、意表を突きたいと考えました。まさに「鬼面人を驚(おどろ)かす」の言葉通りです。時にはやり過ぎて、今のお笑い芸人が言うように「すべる」時もありますが・・。

私たちはともすると昔の絵をかしこまって見てしまいますが、彼らの作品は向こうからアッカンベーをして「面白いだろう?」と言われている気になります。

伊藤若冲(1716~1800年) 《鶏図押絵貼屏風(とりずおしえばりびょうぶ)》  紙本墨画 六曲一双   
新たに確認された作品で、落款に「八十二歳」と記す。勢いよく跳ね上げた尾羽がリズミカル

稚気あふれる曽我蕭白

8人の画家の中で、いかにも稚気が絵にあふれているのが曽我蕭白(1730~81年)です。落款(署名と印)一つ取っても、自分が室町時代の画家・曽我蛇足から数えて十代の子孫であるとうそぶくなど、人を食ったような態度です。

しかし、その蕭白も最初から奇想だったわけではありません。文人画などの画題や筆法の「型」をきっちり自分のものにし、故事にも通じた上で、それらの決まり事をあえて壊していることが分かります。ですから、奔放に描いているようでも細部に目を凝らすと意外なほど丹念で緻密な描写が見られます。

曽我蕭白《雪山童子図(せっせんどうじず)》 紙本着色 一幅 169.8×124.8cm 明和元年(1764年)頃 三重・継松寺 
釈迦が前世で若い僧(雪山童子)として修行中、悪鬼に姿を変えた帝釈天から熱意を試される場面。青い鬼の体、釈迦の赤い衣の対比が強烈
《雪山童子図》を見る大岡さん。悪鬼の強烈な青色が見る者に迫る

「型」に通じ 「型」を壊す

長沢芦雪(1754~99年)の絵も蕭白と同じく山っ気が満載で、人を食ったところがあり、さぞ厄介な性格だったろうなと思います。二人とも、こちらが一つものを言えば十くらい言葉が返ってきそうで、とても付き合いたくないタイプですね。

芦雪は動植物の写生を重んじた円山応挙に師事し、師から学んだ緻密な表現を得意としながらも、他の弟子たちとは異なり、大胆不敵な筆づかいで独自の境地を生み出しました。やはり蕭白と同じく、絵画の「型」を自分のものにしていたからこそ、その「型」を壊して「破調」を生み出すことが可能だったのです。
型があるからこそ、型が壊せる。それは他の奇想の画家たちにも共通していたと思います。型がなくてもいい、ということになりがちな現代とは、一線も二線も画していました。

長沢芦雪《猿猴弄柿図(えんこうろうしず)》 絹本着色 一幅 104.0×37.7cm 個人蔵   
猿のとぼけた表情が何とも言えず人を食っている。大正時代の売立目録に掲載後、長年にわたって所在が分からず、本展の準備段階で再発見された

 

「牧童図」は不思議な絵です。大きな牛の前に、笛を手にした童子が立っていますが、その上半身は曖昧に描かれ、まるで牛を頭で持ち上げているような態を取っています。牛がバレリーナみたいに爪先立っていますよね。

長沢芦雪《牧童図》 紙本墨画 31.5×84.0cm 東京黎明アートルーム 【展示期間:2月9日~3月10日】

 

「なめくじ図」も奇妙な絵で、淡墨の一筆描きでナメクジの這った跡を描いています。当時、こんな絵でも喜んで買う人がいたわけです。俳諧などに入れ込んでいた金持ちの商人あたりが買ったのではないでしょうか。

戦場の目撃者・岩佐又兵衛

岩佐又兵衛(1578~1650年)の代表作「山中常盤(やまなかときわ)物語絵巻」は、奥州に旅立った牛若を追った母・常盤御前の一行が盗賊に小袖を奪われ、さらに常盤が無残にも刺し殺される場面を描いたものです。

岩佐又兵衛《山中常盤物語絵巻 第四巻(十二巻のうち)》 紙本着色 一巻
34.1×1259.0cm 静岡・MOA美術館 重要文化財 【展示期間:2月9日~3月10日】

 

凄惨な場面を描いているのに、絵巻は実に美しい。特に金・銀の使い方がきらびやかです。そして、人間の体の動きに対する又兵衛の感覚に鋭さを感じます。ゆったりした動きも、血しぶきが上がる勢いのある動きも、多少の誇張があるとはいえ非常にリアルに描かれています。
又兵衛は戦国武将・荒木村重の子として生まれたとの説があり、村重が信長に反逆して一族が滅亡した中を生き残り、絵師になったと伝えられます。その生い立ちに確証はないけれど、やはり戦国時代を生きて凄惨な現場を見てきた人物だと感じます。今で言えば戦場カメラマンみたいなものですよね。

《山中常盤物語絵巻》を見る大岡さん。金・銀と鮮やかな絵の具が照明に輝く

激しく屈折する幹

狩野山雪(1590~1651年)は名前の通り、京都で狩野山楽に弟子入りし、婿養子となった人物です。狩野派は江戸幕府の成立とともに狩野探幽などの本流が江戸に移りますが(江戸狩野)、山楽・山雪らは京都に留まって寺院の襖絵などを制作していきます(京狩野)。
その山雪は、狩野派の伝統的な画題を受け継ぎながらも、きわめて個性の強い作品を描きました。「梅花遊禽図襖(ばいかゆうきんずふすま)」に見られるような、垂直・水平を強調した樹木の幹もそうです。

狩野山雪《梅花遊禽図襖》 紙本金地着色 四面 各184.0×94.0cm 寛永8年(1631年) 京都・天球院 重要文化財

 

「韃靼人狩猟・打毬図屏風(だったんじんしゅりょう・だきゅうずびょうぶ)」は中国の北方民族の風俗を描いています。狩野派の伝統的な図様や、中国絵画などさまざまなイメージソース(引用元)を用いて描いたのでしょうが、どこまでが中国風、どこまでが日本風か分からないほど要素が混じり合っているのが面白い。群像表現も見事なものです。

狩野山雪《韃靼人狩猟・打毬図屏風》(部分) 六曲一双 紙本着色金泥引 各157.2×362.0cm 千葉・国立歴史民俗博物館

「キモかわいい」?白隠

白隠慧鶴(1685~1768年)は東海道の駿州・原宿(静岡県沼津市)の生まれ。出家して全国を修行し、故郷に戻って住職になると、仏の教えを伝えるために禅画を数多く描きました。私の父(詩人・大岡信さん)も静岡の生まれで、私の母方の菩提寺でも白隠のことをよく研究していたご縁もあり、子供の頃から白隠の名前を聞いて育ちました。

今回の展覧会に、辻先生が『奇想の系譜』では取り上げていなかった白隠が入っていることは意味があると思います。
白隠の禅画は、哲学を持ちながらも遊び心がある。白隠の禅画が若冲、蕭白、芦雪などに影響を与えた可能性が今回の展覧会で示唆されていますが、後代の画家たちはその破天荒な表現を「ここまでやっていいんだ」と受け止めただろうと思います。

白隠慧鶴 《達磨図》 紙本着色 一幅 192.0×112.0cm 大分・萬壽寺

 

白隠には不思議な絵が多い。「すたすた坊主図」なんて、今の若い女性に言わせれば「キモかわいい」絵でしょうね。

白隠慧鶴《すたすた坊主図》 一幅 紙本墨画 52.7×93.9cm 早稲田大学 會津八一記念博物館 【展示期間:2月9日~3月10日】 
「すたすた坊主」は家々を回って物乞いをしていた下層の宗教者

キレッキレのデザイン感覚

鈴木其一(1796~1858年)の絵は、まさに江戸末期によみがえった桃山絵画という印象を受けます。
江戸生まれで酒井抱一に弟子入りした其一は、師の画風を受け継ぎながらも、師の没後に大きく変貌します。そのシャープなデザイン感覚、色彩感覚は今日に通じるものがあり、近年とみに人気を集めています。私も2016年秋にサントリー美術館(東京・六本木)で開かれた初めての大規模な展覧会「鈴木其一 江戸琳派の旗手」展を見に行きました。

其一の絵で特に際立つのは「青」です。「夏秋渓流図屏風」の渓流、「百鳥百獣図(ひゃくちょうひゃくじゅうず)」の岩、唐獅子、樹木などに、不思議なほど鮮やかな青が使われています。青を好んで使ったフランスの画家イヴ・クラインや、アメリカの抽象画家サム・フランシスが見たら喜びそうですね。

鈴木其一《夏秋渓流図屏風》 六曲一双(部分・右隻) 紙本金地着色 各166.4cm×363.3cm 東京・根津美術館 【展示期間:2月9日~3月10日】

 

8人の最後を締めくくる歌川国芳(1797~1861年)は幕末の浮世絵師です。国芳には「見る人を面白がらせればいい」という北斎に通じる意識を感じます。

歌川国芳《相馬の古内裏(ふるだいり)》 大判三枚続 弘化2~3年(1845~46年)頃=左 《宮本武蔵の鯨退治》大判三枚続  弘化4年(1847年)頃=中

ライバルと奇想を競う

江戸時代は基本的に平和で、社会体制も次第に固まり、人々はどこか退屈な気分を壊したい思いがあったと思います。
文化が爛熟し、正統的なものが野暮ったいと思われ、新しいものに飢えていた。だから奇矯なものを受け入れる素地はあったと思います。その状況の中、奇想の画家たちは富裕な商人層の愛好家たちに支えられ、不遇をかこつことはなかったでしょう。彼らは「奇想」ではあっても、果たして「異端」とまで言えたかどうか――。

最初にも言いましたが、私が強く興味をひかれるのは、18世紀の京都で蕭白や芦雪や若冲が「あいつがここまでやったのなら、よし、俺はここまでやってやろう」といったライバル意識を抱きながら描いていたであろうことです。
彼らの作品がこうして同じ展覧会場に並ぶと、絵の面白さはもちろんのこと、当時の人的関係がありありと浮かんでくるようで、小説家の想像力を刺激されました

(聞き手 読売新聞東京本社事業局専門委員 高野清見)

 

◇開催概要 「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

 

東京都美術館(東京・上野公園)

 

2019年2月9日(土)~4月7日(日)

展覧会場の大岡玲さん

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