イケムラレイコ 土と星 Our Planet 【イチローズ・アート・バー】第11回 

 

東京・ニューヨークで展覧会企画に携わった読売新聞事業局・陶山(すやま)伊知郎の美術を巡るコラムです。

ドイツ在住で、国際的に高く評価される現代美術家イケムラレイコ さんの個展が開かれている。素描、油彩、彫刻など多様な作品約210点を、つながりを持った16のセクションに分け、作品の置かれた空間自体もアートとなる展示となっている。

 

《シャドウガール》(1996年)をあしらった入り口の装飾

 

生命の循環

40年にわたる制作の全貌を示す回顧展「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」。2、3年ほど前からイケムラさんと国立新美術館の学芸課長、長屋光枝さんがあたためてきた企画だ。とりわけ注目されるのは、国内での声望を一段と高めた2011年の「イケムラレイコ うつりゆくもの」展(東京国立近代美術館ほか)以後の作品。イケムラさんが長く大切にしてきた「生命の循環」という視点は、東日本大震災(2011年)による災禍とその再生に心を寄せた近作においても、重要なテーマだったという。

 

《うねりの春》(2018年)の前に立つイケムラさん

 

 

その生命の循環を表すために、会場の設計もユニークだ。入り口から出口まで、決まった順路を歩くだけではなく、途中、自ら進路を選ぶところがある。「地平線」の部屋は、「木」「コスミックスケープ」「少女」などの部屋につながり、新たな感覚を味わうことができる。

地平線

「地平線」の部屋にある「ベルリンの地平線」(2012年)の黄色い大地、闇の海原、「木」の赤い樹々は、空気に溶けこむような滲む姿が不思議な生命感を帯び、内省を誘う。「コスミックスケープ」の部屋では、自然と人間、正体不明の生き物が渾然一体となり、生命の起源や生の意味への問いかけを呼び起こす。描く題材は変わっても、「生命の循環」という一貫した視点が感じられる。

 

《ベルリン地平線 I》 2012年 テンペラ 、油彩/ジュート 110x180cm 作家蔵

 

 

少女

一方、「少女」はイケムラさんの内面世界を反映したもののようだ。一般に流布している少女のイメージは「男性の目から見た理想像ばかり」で、イケムラさんは長く違和感を持っていたという。「男性や女性に分かれる前の、子どもでも大人でもない、境界の上の浮遊した状態」の繊細な少女をいかに表現するかに取り組んだ。「横たわる少女」(1997年)は、うつ伏せで目鼻も判然とせず、無邪気で可憐な少女とはかけはなれている。不安や葛藤をかかえつつ、答えを見出すこともできない迷いの中にいる。それでいながら、いつまでもそこに留まってもいられない流民のような孤独な存在を映し出している。

 

《横たわる少女》 1997年 油彩/カンヴァス 100×120cm 東京国立近代美術館

 

海外での評価

イケムラさんの本格的な個展は、日本では2000年に豊田市美術館で開かれた展覧会「地平線を越えて」が初めてだったが、海外ではずっと早い。本展の共催者、スイス・バーゼル美術館は、1982年からイケムラさんのドローイング(素描)を購入し始め、100点を超える大コレクションを築いた。今回の展覧会にも約40点が出品されている。

83年には、ドイツ・ボン芸術協会で個展が開かれ、以後、90年代にかけて、スイス、オーストリア、アメリカ、オーストラリアなどでも展覧会が開かれた。海外での名声が日本での注目を喚起した逆輸入型アーティストの一例と言えそうだ。

 

「ドローイングの世界」の部屋のインスタレーション

 

海外で注目されるようになったのは、イケムラさんが早くから日本を飛び出し、ヨーロッパを舞台に活動したことと無縁ではない。大阪外国語大学(現大阪大学)でスペイン語を専攻し、72年にスペインに渡った。セビリア大学で美術を学び、79年にスイスに移ってから、現代美術家として活動を本格化させた。85年にはドイツ・ケルンに拠点を移し、91年から2015年まではベルリン芸術大教授も務めた。現在はベルリンとケルンを行き来しながら活動している。

 

多様な表現技法

このように多様な経歴だが、それだけではない。表現手法も自由で多様だ。素描中心でスタートし、やがて油彩、水彩、ブロンズ、陶、テラコッタ、版画、写真、映像など、あらゆるメディアを自在に扱うようになった。

 

その中で、イケムラさんが80年代半ばから取り組んできた陶作品は、今回の展覧会でも重要な要素となっている。東日本大震災の被災者への思いも反映したという「うさぎ観音」(2012/14年 作家蔵)は、滋賀県立陶芸の森で地元の人々の協力を得て制作した高さ3メートルを超える陶の大作で屋外に展示されている。ギャラリー内にはブロンズ製のシリーズ作品「うさぎ観音II」(2013/14年 ドイツ・ケルン市立東洋美術館蔵)が展示され、対を成している。

 

「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」で展示されている《うさぎ観音》2019年 国立新美術館 撮影:志摩大輔

 

言葉との親和性

会場の壁面には、イケムラさんの詩をあしらった箇所がいくつもある。言葉による表現は、イケムラさんの中では、描くこと、粘土で形作ること、彫ることと区別はないようだ。好きな作家を問うと、「(フランス)文学者でもある堀江敏幸さんやゲーテ」という答えが返ってきた。その堀江さんはイケムラさんの世界について「彼女の平面作品は、(略)断絶のない山水画のありように近く、なめらかに画面の奥へとひろがる空気の層を創り出している」と、本展のカタログにエッセイを寄せている。曖昧さや雑音を排除せずに、世界を全体的なつながりの中で受け止める、アナログ的、東洋的な世界観を感じ取ったのだろう。

 

あらためて会場を回ると、展覧会全体が、インスタレーションで詩を編むような作品に見えた。イケムラさんのポエジー(詩情)が、境界のない世界を柔らかく包み込んでいた。

(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

イケムラレイコ 土と星 Our Planet

2019年118日~41日 国立新美術館

2019年511日~91日 スイス・バーゼル美術館      

 

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