海を渡った華麗なる薩摩焼【パリ発!展覧会プロデューサー・今津京子のアート・サイド・ストーリー】第3回

「オルセー美術館展」(2014年)、「モネ展」(2015年)、「プラド美術館展」(2018年)などこれまでに日本国内で数十の大型展覧会を手がけたパリ在住の展覧会プロデューサー、今津京子氏によるコラムです。
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ヴィクトリア&アルバート美術館、イギリス
©Victoria and Albert Museum, London
このお茶碗を見て、どこの、いつの時代の焼物と思われるだろうか。カラフルで可愛らしく、装飾的な模様は、現代のどこかの店頭に並んでいても違和感がないほどモダンだ。答えは、現在、鹿児島県歴史資料センター黎明館で開催中の「華麗なる薩摩焼 ー万国博覧会の時代のきらめきー」で見ることができる。そう、薩摩焼だ。秋草や菊花といった伝統的なモチーフ、あるいは絢爛豪華な金地の具象画という薩摩焼のイメージからはほど遠い。
1867年、パリで開催された万国博覧会で、薩摩藩は江戸幕府とは別の独立したパビリオンで参加し、世界に向けてその存在をアピールした。そこでは伝統工芸品として多くの薩摩焼が展示され、イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館の前身、サウスケンジントン博物館は約30点の作品を買い付けた。美術館では現在もその一部を所蔵している。この茶碗はそのうちの1点で、今回、日本に初めての里帰りを果たした。
展覧会ではその隣に、「焼物絵形」という国内に残る資料が並べられている。薩摩焼は陶器が大部分を占めるが、平佐(ひらさ)という地方では磁器を製造していた。この資料の裏には、その平佐焼を主導していた家の当主が、『1838年、(当時の若殿様である)島津斉彬から拝領した』と記されている。内容は、その時代から約200年遡った明時代などの中国陶磁を写した彩色見本帳で、 284種にのぼる彩色図が描かれている。今日で言えばデザイン帳のようなもの。驚くべきことに、その図柄の1点が例の茶碗と全く同一なのだ。

左:「焼物絵形」(平佐焼絵形)に描かれた「古赤絵瓔珞建水真図」 薩摩川内市川内歴史資料館保管
展覧会の監修者で黎明館主任学芸員の深港(ふかみなと)恭子氏は、本展に向けてヨーロッパ、アメリカ、ロシアなど各地でリサーチを重ねた。そしてヴィクトリア&アルバート美術館の記録から、問題の茶碗は『1867年パリ万博で購入』されたという事実を確認した。この確認ができなければ、19世紀半ばに、このようなモダンなデザインを作っていたとは誰も信じないだろう。
さらに、美術館は『京都産』と認識していたそうだが、深港氏は、前述の焼物絵形の存在から、「京都産ではなく薩摩産で、海外向けのデザインを考案するにあたり、中国陶磁を手本にしたのではないか」と推察している。実際に、目の前に現物が並んでいると、何よりも深港氏の説に説得力があるし、茶碗とデザイン画が150年を経て奇跡のような巡り会いを果たしたことに感慨を覚える。こうした新しい発見を紹介できることが、テーマ展の醍醐味だし、展覧会の作り手の立場から言えば、唯一無二の機会をお見逃しなきよう、と声を大にしてお薦めしたい。
明治維新150周年を記念するこの展覧会には261点の作品が展示され、そのうち約50点が海外の美術館から借用したもの。ご縁があって私は海外の美術館とのコーディネーションを担当したが、これらの作品はほぼ全て日本初公開。特に、島津忠義がロシア皇帝ニコライ2世の戴冠式に際して贈ったものとされる壺(1894-95年制作)は必見だ。展覧会は2月24日まで。
(展覧会プロデューサー 今津 京子)
「明治維新150周年記念 黎明館企画特別展 華麗なる薩摩焼 ー万国博覧会の時代のきらめきー」
2018年12月25日から2019年2月24日まで
鹿児島県立歴史資料センター黎明館