【イチローズ・アート・バー】第7回 「美術品の評価」を問うシンポジウム

東京・ニューヨークで展覧会企画に携わった読売新聞東京本社事業局・陶山伊知郎の美術を巡るコラムです。

 

「美術品の評価」を問う〜文化庁のシンポジウムから〜

美術品など芸術資産をどう活用していくか。日本の美術品市場は世界の3%程度と少ない。こうした日本の美術市場の育成に焦点をあて、美術品の評価のあり方を問う文化庁主催のシンポジウム「芸術資産『評価』による次世代への継承ー美術館に期待される役割ー」が、昨年1130日、東京・六本木の国立新美術館で開かれた。前文化庁長官で現在山梨県立美術館館長を務める青柳正規さんを中心に、コレクター、作家、批評家、学者らが現状と課題をパネルディスカッションなどで語り合ったが、この中で気になった発言を拾い、日本がどうすべきか考えてみたい。

出席者は、青柳正規さん、柴山桂太・京都大学大学院人間・環境学研究科准教授、アートコレクターの岩崎かおりさん、加治屋健治・東京大学大学院総合文化研究科准教授、建築家の田根剛さん、彫刻家の名和晃平さんの6人。

 

最初に問題提起した青柳さん(左)と柴山さん

「文化はストック」

まず、注目したいのが、経済学者の柴山さんの発言。

「美術・文化を正当に評価するためには、美術品の価値を(ある期間における生産や取引を示す)フローとしてとらえるだけではなく、(過去から引き継がれた資産などの)ストックとして捉えることに目を向けるべき」

日本には、自然資源、社会的インフラ、人的資源の他に、寺など歴史的に蓄積された文化資源が豊富にあり、それを経済換算すれば、相当大きなものになるという。フローで成果を問われるのが常だが、文化関係者は「文化財はフローではなくストックである」というロジックをもって戦うことが必要、と説いた。

 

消える目利き

青柳さんは、英仏を中心に育ったコノサー(connoisseur=目利き、鑑定家)の存在に着目。「日本では明治以降、特に戦後は、家の中に美術品を置く場所がなくなったこともあり、目利きが減った」という。

 

パネルディスカッションの模様。左から青柳さん、柴山さん、岩崎さん、加治屋さん、田根さん、名和さん

美術品収集の環境整備を

金融機関に勤めるコレクターの岩崎さんは、「日本では、美術品を買う習慣が根付いていない」ことを指摘。特に女性ではその傾向が顕著だという。美術品を「有利な資産」として認識する海外コレクターの例をあげて、不動産の代わりに美術品の購入を考えるなどの意識改革や、美術品購入に関連する保険などの金融サービスの整備を訴えた。

 

批評・収集の重要性

美術品市場の活性化には、こうした体制、目利きの存在も重要だが、シンポのメインテーマである美術品を「正当に評価」することも大切だ。この点について、加治屋さんは研究者の立場から、「作品と批評の集積が欠かせない」と強調した。米ニューヨーク近代美術館では必要に応じて館外の研究者も起用して、美術品の調査・研究や資料の編纂・出版活動などを行っているという。さらに、作品の収集でもアメリカの美術館は一歩先を行っていると指摘。インスタレーション(空間展示)、パフォーマンスなどの作品も実現権、上演権という形で収蔵していることも紹介した。批評などの「言説」や幅広い視点で作品が集められ、それが発表され、評価される。こうした美術品の価値を高める評価の流れが定まっている、と語った。

 

「日本に作品がない」

建築家の田根さんは、日本では建築物が尊重されず、一定の年数がたつと壊されてしまう現実を訴えた。背景には、建築・美術界が、(長期間に培われた)建築の文化財としての価値を(金銭的な価値などの)経済的な言葉で語ることが出来ていないことがある、と課題を示した。

彫刻家の名和さんも、「日本の作家の作品が国内では評価されない、つまり買い手がほとんどつかない」という現状を指摘。名和さんが制作した約2000点の89割は海外に買われていったという。このままでは、日本の作家の芸術を、日本でまとめて見ることができないと、警鐘を鳴らした。名和さんが昨年、個展を開いた上海では、日本を含む世界的な視野で現代美術の拠点を作る計画がある。既に10館前後の美術館が作られている。

このように、国内での評価が後手に回り、優れた作品が海外のコレクター・美術館の手に渡ると、作品が国内にないために研究も遅れ、作家もギャラリーも弱体化する、という負の連鎖が浮かび上がってくる。

 

有機的なつながりを

では、今後どうすべきか。

名和さんは、美術館が中心となり、コレクション、アーカイブ事業を推進すると同時に、作家を育てているギャラリーとも繋がりを持ち、美術界全体が有機的につながったシステムをつくることを求めた。

青柳さんは、画商や美術館などが鑑定、評価システムを構築すると同時に、美術史家・批評家が批評・発信を積極的に行うこと、その上で日本の新進の作家の展覧会を開催するなどして一般の人が楽しめる機会を増やすことが重要、とした。

 

インターネットと写真使用問題

最後に青柳さんは、「美術品市場活性化のためにもインターネット展開がカギ」と強調した。欧米では、著作権の切れた所蔵品をパブリックドメイン(公共的な文化資産)化し、あらたな研究や企画を促している。しかし、日本では著作権の切れている作品でも、自館の権利として写真使用に許可制を敷いて課金しているところが主流だという。海外の趨勢との乖離に危機感をにじませた。

 

日本独自の展開の必要性

この日の議論では、日本の美術市場活性化のために、個人の美術品購入の促進、そのための金融サービス強化、正当な評価のための批評・発信、新進作家の展覧会開催など多彩な意見がでた。

活性化の諸提案は、国際的な流れに少しでも追いつこうという趣旨だが、モデルとするアメリカ等の事情が必ずしも理想的というわけではない、という現実にも目配りが求められる。

クリスティーズなどオークションハウスの高額落札のニュースで美術市場は賑やかに見えるが、画廊の世界ではツヴィルナーなどひとにぎりのメガギャラリーが力を握り、中小画廊の多くは苦しんでいる、という話もある。

問題は、大画廊による成功作家の引き抜きと、それによる作家育成システムの破壊。従来、画廊は時間をかけて作家を育て、そのうちの一人でも成功すれば、その作家の作品販売で収益を上げ、他の作家の育成を続けていた。ところが、画廊が時間をかけて育てた作家が、成功すると大画廊に移籍してしまう傾向が露わになり、育成システムが危機に瀕しつつある。

また、美術品の「評価」そのものの質も、従来は、造形的な価値、意味内容、来歴などを勘案して評価が決まっていたが、昨今は話題性や金銭的駆け引きに左右されているとの批判もある。

柴山さんが討論の最後に指摘していたが、欧米流の市場原理にそのまま従えば、有望作家は今以上に海外に「持っていかれる恐れ」もある。欧米のモデルを追いながら、単なる追随に終わらない道筋を、議論し、描いていくことが求められる。

※シンポジウムの模様は文化庁のホームページで公開中。https://www.youtube.com/watch?v=JxBWOvb0OrE&feature=youtu.be

(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

 

直前の記事

【壺屋めりの展覧会ちょっと深読み】第3回 「ルーベンス展」の巻

名画や名品の魅力は、背景にある社会的慣習や芸術家の人間模様などを知ると一層高まります。 芸術家の駆け引きや失敗談などを紹介した「ルネサンスの世渡り術」(芸術新聞社)などの著書がある、気鋭の美術史家、東京芸術大学客員研究員

続きを読む
新着情報一覧へ戻る