【イチローズ・アート・バー】第6回 巨匠の真価に迫る ~ルーベンス展~

 平成の過半を新聞社事業局の展覧会担当として過ごした陶山伊知郎による、美術展の隠し味談義です。

作品と空間のコラボレーション

東京・上野公園にある国立西洋美術館を訪れる時はいつも、地下3階のギャラリーがどのような展示空間になっているだろうか、と楽しみにしている。

もともと時に数メートルに及ぶタピスリー(綴れ織り)など高さのある作品に対応できるよう設計されたこの部屋は 、天井の高い箱型の空間である。展示作品の大小、特徴に合わせた展示の工夫が必要で、空間の演出によって雰囲気もがらりと変わる。

現在開催中のルーベンス展では、この部屋に聖女マグダラのマリアの奇跡を描いた「法悦のマグダラのマリア」(295x220cm、リール美術館)=写真下=や晩年の大作「聖アンデレの殉教」(306x216cm、マドリード、カルロス・デ・アンペレス財団)など、堂々たる作品が展示されている。バロックの巨匠・ルーベンスならではの動感豊かな世界が、周囲にエネルギーを発散し、それを懐の深い空間が受け止めている。空間が作品を生かし、作品が空間を活気づけている。

 

古代芸術との対話

本展は、フランドル(現在のベルギーなど)出身のルーベンスを惹きつけたイタリアでの経験、イタリアに残した影響に焦点を当てた展覧会で、ルーベンスと関連画家などの作品が集められている。イタリア滞在の主たる拠点となったローマは、古代以来の伝統を受け継ぐ永遠の都。17世紀初頭に訪れたルーベンスが目にしたであろう古代の芸術も、ルーベンスらの作品と会話するように紹介されている。

たとえば、地下3階ギャラリーには「キリスト哀悼」(150.5×203.8cm、リヒテンシュタイン侯爵家コレクション)=写真上右端、写真下=の前に「ベルヴェデーレのトルソ(石膏像)」(20世紀前半に紀元前1世紀のオリジナル彫刻から型取り石膏、高さ152cm、ローマ、ラ・サピエンツァ大学古典美術館)が配置され、ルーベンスが古代のトルソ像から直接影響を受けたらしいことが伝わってくる。

ペーテル・パウル・ルーベンス 《キリスト哀悼》 1612年頃 ファドゥーツ/ウィーン、リヒテンシュタイン侯爵家コレクション ©LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienna Il compianto di Cristo
La Déploration du Christ

 

バロックの巨匠

ルーベンスの影響を受けた画家たちの作品も展示されているが、比べて見るとひと味もふた味も違う。ルーベンス作品は、強いて言えば、登場人物が動き出すかような感覚が際立っている。空気の流れさえ感じさせるルーベンスの絵筆は、容易には真似が出来なかったということだろう。筋骨たくましい男性裸体像、豊満な女性裸体像の迫真の描写、人体への肉薄にも目を奪われる。

 

進化する企画

この展覧会は2016〜17年にミラノのパラッツォ・レアーレ(王宮)で開かれた「Rubens E La Nascita del Barocco(ルーベンスとバロックの誕生)」展(以下、ミラノ展と呼ぶ)を起点に構想されたものと思われる。

監修は、国立西洋美術館主任研究員の渡辺晋輔さんと、ミラノ展をまとめたアンナ・ロ・ビアンコさん(元イタリア・バルベリーニ宮国立古典美術館館長)。ミラノ展というモデルがあったとはいえ、世界各地から作品を借り集め、文脈の整った展覧会に仕上げるのは大変な仕事だ。

ミラノ展も見たという知人に聞くと、ミラノにはなかった作品も少なくなく「日本展の方が面白く、価値がある(more precious)と思った」という返事が返ってきた。国際協力を通じて、企画が進化を遂げた例と言えそうだ。

*文中で言及した作品は「ベルヴェデーレのトルソ(石膏像)」以外はすべてペーテル・パウル・ルーベンス作。

 

◇ひとこと

日本でもルーベンス展は何回か開かれていますが、なかなか決定的な展覧会にはお目にかかれませんでした。私自身、かつてルーベンスをテーマにした企画に取り組んだことがあるのですが、挫折しました。

今回の展覧会を見て「一本とられた」と思いました。イタリアを切り口にした新鮮な企画です。作品を所有する美術館、個人も、自分が見てみたい、と思うような企画ならば作品を貸す気持ちが膨らみそうです。こういう方法があったか、と反省することしきりでした。

それにしてもルーベンスは力ずくと言ってもいいほど、引きつけるものがありますね。「キリスト哀悼」の、額にささった棘(とげ)や、それを抜こうとする母マリアの指の迫真性。キリストの血の気を失い始めた灰色の足裏と生々しい傷痕のリアリティ。私にとっては貫禄十分の大技「一本」でした。

(読売新聞東京本社事業局専門委員 陶山伊知郎)

ルーベンス展―バロックの誕生 国立西洋美術館(東京・上野公園)

2018年10月16日〜2019年1月20日

フランドル出身で、17世紀のヨーロッパを代表する画家、ペーテル・パウル・ルーベンス(1577〜1640年)の芸術を、イタリアとのかかわりを通して紹介する。スペイン滞在をはさみ足かけ9年にわたるイタリア時代(1600~08年)の修行、制作を核に、イタリアの芸術家に及ぼした影響にも注目。ルーベンスの作品約40点を含む71点で構成されている。公式HPは https://www.tbs.co.jp/rubens2018/

 

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