【きよみのつぶやき】第6回 ゴッホが敬愛した画家(「シャルル=フランソワ・ドービニー展」)

ベテランアート記者・高野清見が、美術にまつわることをさまざまな切り口でつぶやくコラムです。

シャルル=フランソワ・ドービニー展 バルビゾン派から印象派への架け橋

山梨県立美術館 20181020日(土)~1216日(日)

※巡回先は末尾に記載しました。

山梨県立美術館での展示。右は《リヨン近郊ウランの川岸の眺め》
(1848年 カルカッソンヌ美術館蔵)

 

初めて実現した回顧展

ゴッホが好きな方なら、「ドービニーの庭」(1890年)という最晩年の作品をご存知だろう。ほぼ同じ油彩画が2枚、ひろしま美術館(広島市)とスイス国内(個人)に所蔵されている。

18905月、パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズに移り住んだゴッホは、画家のシャルル=フランソワ=ドービニー(1817~1878年)が所有していた庭園をキャンバスに描いた。草木が勢いよく繁り、バラやリラの花が咲く風景は、自殺直前の筆とは思えないほど明るく、開放的だ。弟テオに宛てた手紙では、ペン描きのスケッチを添えてその配色を細かく説明している。

「ドービニ(ドービニー)の庭の前面には緑と赤の草が生えている。左側に緑の茂みとリラがあり、(略)奥の突当りの家は紅で、屋根の瓦は青味がかっている。長い腰掛けが一台に椅子が三つ、黄色い帽子をかぶった黒い人影と、前面に黒猫がいる。空は薄緑」(『ゴッホの手紙(下)』硲伊之助訳 岩波文庫)

ドービニーは「バルビゾン派」の一人に位置づけられてきた画家。彼らはパリ近郊のバルビゾン村を拠点として、近くに広がるフォンテーヌブローの森などの自然を描いた。ゴッホは自然とその中で暮らす人間を見つめたジャン=フランソワ・ミレーや、ドービニーに共感を寄せ、作品を模写したり銅版画を自室に飾ったりしていたほどだった。

しかし、風景画家として人気があったというドービニーも近年は注目されることもなく、まとまった点数の作品を見る機会は絶えてなかった。私が名前を知っていたのも、たまたま故郷の広島で中学生の時にひろしま美術館が開館し、ゴッホの「ドービニーの庭」に親しんでいたからにすぎない。

そのドービニーの回顧展が、日本で初めて実現した。母国フランスでも開かれていないという、世界的にも希少な展覧会だ。開催館のトップはミレーの「種をまく人」をはじめバルビゾン派のコレクションを擁する山梨県立美術館で、その次がひろしま美術館。20194月には東京にも巡回するが、それまで待ってはいられない。休日の甲府行き特急「かいじ」に乗り込んだ。

山梨県立美術館での展示。右は《オワーズ河畔、夜明け》(1865年 リール美術館蔵)

 

「水辺の画家」として名声

一人の画家について知るには、やはり回顧展が最もふさわしい。代表作だけではなく、生涯を通じた作品の移り変わりを追うことで、初めて見えてくるものがあるからだ。

ドービニーが画家を志した19世紀前半のフランスでは、絵画はまだ宗教や神話、歴史を主題にしたものが上位と見なされていた。彼も当初は宗教画などを主題にしたが、評価は得られなかったという。「聖ヒエロニムス」(1840年)という初期の大作を見ても、その資質はむしろ自然を描くことにあったと感じる。聖人ヒエロニムスといえば荒野で辛苦に耐えながら信仰をつらぬく半裸の姿が定番だが、ドービニーは聖人を手前に小さく描くにとどめ、背後に広がる雄大な峡谷風景を主役に据えた。

シャルル=フランソワ・ドービニー 《聖ヒエロニムス》 1840年 ピカルディ美術館、アミアン ©cliché Musée de Picardie / Irwin Leuiller

 

やがてドービニーは風景画家に方向転換を図り、出版物に掲載する版画の仕事で収入を得ながらサロン(官展)に出品する。1850年代初め頃から写実主義の画家として評価されると、購入した舟でセーヌ川やその支流を旅しながら描き、「水辺の画家」として名声を得た。

特別出品(山梨会場のみ展示) シャルル=フランソワ・ドービニー《ボニエール近郊の村》
1861年 85.1×150cm 個人蔵、日本 ※1861年のサロン出品作

 

印象派を先取り?

展覧会場に並んだ風景画は、おおむね視線を低く取り、時に船上と思われる角度から描かれている。空の色を映した水面、岸辺を縁取る緑、夕映えを背にした家並み。横長の絵が多く、川の流れとともに時間がゆったりと過ぎていくような心地良さがある。

戸外での制作、水辺の空気や光への関心など、ドービニーにはのちの印象派に通じる要素がいくつも挙げられる。たとえばアトリエ舟「ボッタン号」を描いた絵に近づくと、水面に広がる波紋やマストの影が、素早く、荒々しい筆づかいで描かれていることが分かる。筆の痕跡を入念に消し去る従来のアカデミックな絵画技法に対し、あえて筆触を残すことで対象を生き生きと描き出す手法は、モネをはじめ印象派の画家たちに見られるものだ。

シャルル=フランソワ・ドービニー《ボッタン号》 制作年不詳 171.5×147cm 
© Archives Musées de Pontoise

 

ドービニーはサロンの審査員を務めた時、やがて印象派と呼ばれることになる若い画家たちを擁護し、反対意見を押し切って何人も入選させたという。一方、モネもドービニーに影響されたかのように水辺を描き、船上制作も行った。今回の展覧会の副題に「バルビゾン派から印象派への架け橋」とある通り、ドービニーはフランス近代絵画史の過渡期をつなぐ役回りを果たしたと言えるだろう。

山梨県立美術館での展示。左は《ケリティ村の入り口》(1871年 ランス美術館蔵)

 

日本に多いドービニー作品

私が訪れた1117日、ドービニーをめぐる記念シンポジウムが同館で開かれ、美術史家の三浦篤・東京大学教授、三菱一号館美術館(東京)の高橋明也館長をはじめ、4人のパネリストがフランス絵画史における位置付けや作品の魅力をめぐって語り合った。

三浦さんは「ドービニーは印象派の一つ二つ前の世代だが、流派を超えた幅広い交友関係もあり、さまざまな流れの画家をつなぐ結節点の位置にいた画家」とその重要性を挙げた。また、正統的な歴史風景画をめざしたがうまくいかず、バルビゾン派に接近したあと、より写実主義、自然主義的な画風に向かったものの、「最初に学んだ歴史風景画(の技法)と、自然観察が絶妙なバランスでブレンドされている」と指摘。「かなり横に引き伸ばされた画面で、構図に安定感がある。人物や水鳥、舟など点景となるモチーフをアクセントとして使い、平明で穏やかな自然を格調をもって描いている」と評した。

高橋さんは「水辺の画家」として人気を得た理由の一つに、鉄道の発達で水辺が身近になり、画家も美術コレクターたちも関心を共有していた背景を挙げた。また、ドービニーの絵にはロマンティックな要素があると述べ、モネが光の効果をあくまで光学的な視点で追求したのに対し、「ドービニーは風景を解釈し、そこにある種の自己投影をしようとした」と印象派の画家たちとの違いを指摘した。

小泉順也・一橋大学准教授はフランスの国公立美術館がドービニーの作品を収蔵、移管してきた記録をたどり、国家による画家への評価や、人々の目に触れた作品が画家のイメージ形成に与えた影響を考察した。たとえば1857年に国家から注文されて制作した「春」という作品は、没後3年後の1881年に寄託先のシャルトル美術館からパリのルーブル美術館に移管された。同館は物故画家の作品しか収蔵しておらず、亡くなってから比較的早い時期に収蔵されたことは、当時においてそれだけ評価が高かったものと推察される。

小泉さんは興味深い数字も挙げた。フランス国内の美術館の所蔵品データベース「Joconde」によると、同国内の美術館にあるドービニーの油彩画は67点。これに対し、日本国内の美術館に収蔵されているドービニーの油彩画は14点前後で、ドイツ国内の19点に比べても「それなりの数」にのぼるという。

「明治時代から紹介され、バルビゾン派は日本に親和性があった」(三浦篤さん)という事情を考えると、ドービニーの作品も「バルビゾン派の画家の一人」という位置づけで購入対象にされたのかもしれない。

「バルビゾン派」の見直しを

記念シンポジウムの討議では、今日の日本における「バルビゾン派」の捉えられ方にも話が及んだ。

三浦篤さんは「今の日本では印象派(の人気)が“全盛”になっている。少し前までは農村や自然に根ざすバルビゾン派への共感みたいなものがあったが、若い人たちにはそれが切れ始めているのではないか」と述べた。

参加者たちからはそれぞれ、バルビゾン派を社会史、文化史などの文脈で捉え直す必要性が語られた。高橋明也さんは「あるがままの自然を受け入れたように見られてきたが、実はフランスにおける最初期の自然保護運動の一環でもあった。日本ではあまりそのようなことが語られない」と一面的な評価が続いてきた事実を指摘した。

ドービニー展を担当した山梨県立美術館の小坂井玲学芸員は「一人一人の作品世界と人生がどう展開していったかを見た上で、作品を個別に見ていくことが必要」と、バルビゾン派の作品を多く所蔵する美術館学芸員の立場から発言した。

ドービニーの個々の作品の制作事情など、基礎的な調査研究はまだこれから。シンポジウムでは他の画家との影響関係について議論を深めようとしても、情報不足で先に進めない場面もあった。

そもそもドービニーを「印象派に先駆けた画家」と呼ぶことにも慎重さが必要だ。サロンの審査員として若い画家たちを評価し、存命中の1874年に第1回印象派展が開かれた事実を考えるだけでも、晩年の作品に若い世代の絵画表現から老大家が逆に触発された要素があった可能性を否定できないからだ。

ドービニーの全体像に迫るにはなお時間を要するとはいえ、長く埋もれていた画家に光が当てられたことに大きな意義がある。2019年11月まで全国5館、1年あまり巡回する間に、1人でも多くの人に名前が記憶されることを願っている。

【巡回先】

ひろしま美術館 2019年 1月 3日(木)~ 3月24日(日)

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 2019年4月20日(土)~6月30日(日)

鹿児島市立美術館 2019年7月19日(金)~9月1日(日)

三重県立美術館  2019年9月10日(火)~11月4日(月)=予定

山梨県立美術館で開かれたシンポジウム(2018年11月17日)

 

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