【イチローズ・アート・バー】第4回 「フィリップス・コレクション展」、コレクターの美意識に寄り添うキュレーター

平成の過半を新聞社事業局の展覧会担当として過ごした陶山伊知郎による、美術展の隠し味談義です。

 

フィリップス・コレクション展 三菱一号館美術館(東京・丸の内)

20181017日〜2019211

  

 

西洋の名画、彫刻を、個人の邸宅で見るかのような錯覚に陥る。東京・丸の内のオフィス街にレンガ造りの落ち浮いたたたずまいを見せる三菱一号館美術館で開かれている「フィリップス・コレクション展」。

アメリカで初めてモダン・アートに焦点をあてて蒐集され、現在はワシントンの美術館として知られる同コレクション創設100年(一般公開は1921年から)を祝う企画で、所蔵品75点が飾られる。

展示は、明治期のオフィスビル「三菱一号館」を復元した美術館の23階、13室に分けられる。制作年代順でもなく、様式・流派別でもない。それでいて統一感のある、少し不思議な構成だ。

そのひとつの部屋では、「印象派の父」とも呼ばれるマネの「スペイン舞踊」と、19世紀末のナビ派を代表する画家ヴュイヤールの室内画が隣り合い、その横にある暖炉の上にはセザンヌの自画像が掛けられている=写真=。

 

左から、ポール・セザンヌ《自画像》、エドゥアール・ヴァイヤール《新聞》、エドゥアール・マネ《スペイン舞踊》

 

19世紀の巨匠アングルが、ゴッホやモディリアーニ、抽象作品で知られるニコラ・ド・スタールらと並ぶ小部屋や、ドガの「踊り子」がコローの風景画、20世紀オーストリアの画家ココシュカの女性像や風景画と同居する空間もある。

「おおよそ創設者のダンカン・フィリップス(18861966年)が蒐集した順なのです」と同館学芸副グループ長の安井裕雄さんが説明してくれた。

ダンカンがどのような考えで、名作を集めたのか、その思いや変遷をたどることができる。美術品の蒐集活動は、情報集め、画商との駆け引きや社会・経済情勢などに左右されるが、根本にあるのはコレクターの眼であり美意識である。

フィリップス家は、ガラス工業で財を成した。その膨大な資産を引き継いだダンカンは、1912年頃から作品蒐集を始めた。19世紀の作品と共に、同時代の美術にも目を向けた。 穏やかながら表情のある色遣い、質感、陰影など、蒐集の傾向は、最初の3部屋で概ね浮かび上がってくる。

作品が醸し出す展示空間の品の良さは、ダンカンが家族や友人と語り合いながら蒐集品を観る姿を想像させる。邸内にギャラリーを設けてフィリップス・コレクションを創設したのは、1918年(公開は21年)。その年、世界で2000万人もの犠牲者を出したスペイン風邪で美術好きの兄と父を相次いで亡くした直後だった。家族と美術について語り合った喜びを、多くの人と共有したい気持ちがあったかもしれない。

こうしたダンカンの思いを再現した今回の展覧会が開催されたのも、安井さんらの10年越しの強い思いがある。

展覧会の発端は2008年頃に遡る。2010年の三菱一号館美術館・開館記念展「マネとモダン・パリ展」(2010年)のために、同館館長の高橋明也さんがフィリップス・コレクションに「スペイン舞踏」の出品を要請した。交渉は不調に終わったが、その頃から同館ではコレクション展の開催に向けて動きだしたという。

 

エドワール・マネ《スペイン舞踊》 1862年 油彩/カンヴァス フィリップス・コレクション蔵 The Phillips Collection

 

実は、フィリップス・コレクションの所蔵品展は、国内で過去何回か開かれている。1983年、イギリスの美術評論家、デニス・サットン氏の橋渡しで「印象派と栄光の名画展 ワシントン・フィリップス・コレクション」が、読売新聞社の主催により、日本橋・高島屋と奈良県立美術館で開かれた。日本側監修は美術史家、千足伸行氏(現・広島県立美術館館長、成城大学名誉教授)。その後、1996年の「フィリップス・コレクション展 アメリカン・モダン」など同コレクションの展覧会が何度か開かれたが、多くはアメリカ国内巡回展、国際巡回展の日本開催だった。

今回の最大の特徴は、展覧会づくりにおいて、最初から日本の美術館が主体的役割を果たしたことだろう。高橋さんが交渉の口火を切り、安井さんがフィリップス・コレクションの学芸員と議論を重ねて構想を煮詰めた。つまり美術館のオリジナル企画であり、知識や経験の蓄積の上に成立した、日本の美術館の成熟を反映した企画、という一面も持っている。

高橋さんは「フィリップス・コレクションは、世界で片手に入るほど優れたコレクション。個人的には有名なバーンズ・コレクション(アメリカ・フィラデルフィア)よりも好きなくらい」と語る。確かに、作品ひとつひとつが時代を画する存在感を漂わせる。アングルの「水浴の女(小)」(1826年)、セザンヌ「自画像」(187880年)、ドガ「稽古する踊り子」(1880年代はじめ~1900年頃)、ゴッホ「アルルの公園の入り口」(1888年)、クレー「画帖」(1937年)など一度は耳にしたことのある足をとめて見入りたい作品が並ぶ。

 

 

ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル《水浴の女(小)》1826年 油彩/カンヴァス 
フィリップス・コレクション蔵 The Phillips Collection

 

イレール=ジェルマン・エドガー・ドガ《稽古する踊り子》1900年頃 油彩/カンヴァス フィリップス・コレクション蔵 The Phillips Collection

 

さらに20世紀中葉に独自の抽象的な世界を生み出したベン・ニコルソンやド・スタールの作品は、理知的な雰囲気を漂わせつつ、どこか哀しげな叙情も留めている。それは、ダンカンの理性と感性のデリケートなバランスを感じさせる。

こうしたダンカンの真髄に触れる作品を選んだ、安井さんやフィリップス・コレクションの学芸員は、自らの感性をダンカンの感性と共振させて取り組んだに違いない。

安井さんは、ひろしま美術館、岩手県立美術館を経て、2007年に三菱一号館美術館に着任したフランス近代美術の専門家。図録には「ダンカン・フィリップスの蒐集と展示手法」と題したエッセイを寄せた。そこでは、ニューヨーク近代美術館(MoMA1929年開館)の初期の活動と比較しつつ、地に足のついたダンカン・フィリップスの歩みと先進性を浮かび上がらせている。MoMAは初代館長アルフレッド・バーの時代は、購入予算も展示スペースも極端に限られ、新しく作品を購入するためには、所蔵品を売らなくてはならないこともあった。それに対しダンカンは、フィリップス家の豊かな資産を元に、着実に蒐集を進めていった。ダンカンも絵を売却したことがなかったわけではないが、MoMAと異なることを浮き立たせた。

この比較の背景には、安井さんのMoMAの蒐集活動についての徹底的な調査がある。安井さんは、200102年に岩手県立美術館で開いた「モネ展 睡蓮の世界」の際にも、図録に載せた論文でMoMAの「睡蓮」購入の事情を詳細に取り上げた。こうした長年の蓄積が、今回のフィリップ・コレクション展でも花開いたのだろう。ひとりの学芸員の歩みを示すひとコマとしても興味深い。

ひとつの美術館、コレクションから作品を選んで構成するコレクション展は、従来、美術史の流れやそこから抽出したテーマについて解説する啓蒙的なものが多かった。今回の展覧会は、ダンカンの収集家としての歩みとその底流にある美意識に、日米の学芸員が寄り添い、吟味し、観客と分かち合おうとした、新しいタイプのコレクション展と言えそうだ。

 

◇ひとこと

三菱一号館美術館は、復元された明治期のオフィスビルをギャラリーとして使い、フィリップス・コレクションは、ダンカン・フィリップスの邸宅の一部を展示空間にしてスタートしました。共に一世紀を超える歴史と高級感、日常につながる親近感が感じられる空間です。以前、同コレクションを訪れた時の、作品と対峙する緊張感と和みの入り混じった、刺激的かつ優雅な時間を思い出しました。

(読売新聞東京本社事業局専門委員  陶山伊知郎)

 

 ◇

 

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