【イチローズ・アート・バー】第3回 「岸田劉生展」に見る、地方美術館の底力

平成の過半を新聞社事業局の展覧会担当として過ごした陶山伊知郎による、美術展の隠し味談義です。

開館30周年記念 岸田劉生展 -実在の神秘、その謎を追う- ふくやま美術館(広島県福山市)

2018915日(土)~114日(日)

 

日本近代美術史においてひときわ光彩を放つ画家、岸田劉生(18911929年)の回顧展がふくやま美術館で開かれている。おなじみの「麗子像」「静物画」など6章構成で、各時代・各ジャンルの代表作を含む計94点が公開されている。(展示替えあり。後期は1016日から)

 

全国34か所の美術館や個人が所蔵する優品を集めた。「橋」(1909年)などふくやま美術館所蔵の8点を始め、「銀座と数寄屋橋畔」(1911年、郡山市立美術館)、「S氏の肖像」(1914年、京都国立近代美術館)、「代々木附近」(1914年、大阪新美術館建設準備室)、「髙須光治君之肖像」(1915年、豊橋市美術博物館)、「壺の上に林檎が載って在る」(1916年、東京国立近代美術館)、「麗子肖像(麗子五歳之像)」(1918年、同)、「満鉄総裁邸の庭 」(1929年 ポーラ美術館)など逸品揃いだ。

 

この企画は、ふくやま美術館の30周年記念。1988年の開館以来、日本近代美術を柱の一つに据え、中でも岸田劉生はとりわけ重要な画家として扱ってきた。2000年に4作品を購入したのをはじめ、寄贈3点を含めて現在8点を収蔵。03年に「開館15周年 岸田劉生・麗子」展を開くなど、連綿と取り組んできた。

 

そして今回。記念展の立案は3年前にさかのぼる。開館以来、学芸員を務め、当事副館長だった谷藤史彦さん(現相談員)が「30年の節目としてふくやま美術館らしい記念展を」と劉生に焦点をあてた。質と量の充実を図りつつ、経費負担を軽減するため共同で展覧会を組織する館を募り、豊橋市美術博物館をパートナーに迎えた。劉生が中心となって結成された草土社の創立メンバー、洋画家の髙須光治が豊橋出身だったことから、同館も劉生関連を重要なテーマとしてきた。(豊橋会場は2018721日~92日で終了)

 

2017年に副館長を退き、特認研究員となり、今年、相談員となった谷藤さんと共に担当することになったのが、ふくやま美術館に昨年4月に着任した新鋭の学芸員、鈴木一生さん。成城大学大学院で美術史を専攻した鈴木さんは、劉生の作品の特徴を「独特の質感など、実作品を見ないと伝わらないものが多いこと」と言う。実際、「壺の上に林檎が載って在る」=写真=は作品に対面してはじめて、その冷たく厳かな存在感が伝わってきた。「二人麗子像(童女飾髪図)」も、鈴木さんに促されて目を向けたクシや毛筋立て、陶器製の壺が、やがて静物画のように浮き上がって見えてきた。

 

《壺の上に林檎が載って在る》1916年 東京国立近代美術館

 

劉生の作風は、目まぐるしく変遷した。穏やかな写実的作品の初期から、雑誌「白樺」との出会いを経てポスト印象主義のゴッホやセザンヌらの影響を受けた時代へ。その後、数年間は、ファン・エイクやデューラーら北方ルネサンスの画家の影響を受けて細密描写を追求し、続いて東洋美術に傾倒した。会場前半の「初期・風景画」「肖像画」はほぼ年代順に並べられ、劉生の形成期の展開をたどることができる。「麗子像」シリーズをはさんで、後半の「版画・日本画」、「静物画」、「風景画」は主題ごとに制作年に従って展示され、個々の主題の探求と、描き方の変遷を見ることができる。

 

代表作「麗子像」シリーズは、展示替えを含めて計10点が展示される。描写の変遷と共に、娘に投げかける父親の変わらない眼差しが心を打つ。

 

「二人麗子像(童女飾髪図)」(1922年、泉屋博古館分館)=写真上=は劉生の作品の中では最大級の「大作」(100×80・3㌢)で、赤い着物を着て座る麗子の髪を、膝立ち姿のもう一人の麗子が整える姿を描いた仮想的な情景だ。シリーズに共通する麗子の幅広の顔が印象的だが、櫛など静物との「同居」も珍しい。人気があるだけに簡単には借りられない、と言われる作品だ。所蔵する泉屋博古館分館(東京・六本木)の野地耕一郎・分館長は「企画の説明を伺い、いい展覧会だと直感し、出品を決めました」という。

 会場では墨と淡い着色で「二人」の麗子を描いた掛軸「童女飾髪之図」(1922年 碧南市藤井達吉現代美術館)=写真下=と隣り合わせで展示されているが、この2作品の揃い踏みは初めてという。最大の見所のひとつだろう。

 

《二人麗子図(童女飾髪図)》1922年 泉屋博古館分館
《童女飾髪之図》1921年 碧南市藤井達吉現代美術館

 

集まった作品を並べてみて「劉生は振れ幅の大きい画家ですが、それぞれの画風を高いレベルでモノにしていることを改めて実感しました」と鈴木さん。岸田家に伝わる家族写真などの写真パネルや、「草土社展図録」など書籍、雑誌類の資料も目を引く。

 

美術館の使命である「収集、保管、展示及び調査研究」を地道に積み重ねてきたふくやま美術館の真骨頂の企画だから、各地の美術館も意義を認め、出品に応じたのだろう。野地さんの言葉にそれが凝縮される。こうした息の長い学芸的な取り組みがあればこその「全国区」レベルの展覧会。豊橋と福山の2会場限りというのが、いささか惜しい気がした。

 

◇ひとこと

見ごたえのある作品が並ぶのを拝見して、真っ先に作品借用の大変さを想像しました。所蔵者へのお願い、諸手配、諸連絡は、緻密さと忍耐力が同時に、長期間にわたって求められます。担当者の方々のご苦労、ご尽力のおかげで、劉生の魅惑的な「振れ幅」を堪能させていただきました。

106日には、近隣の岡山・高梁市成羽美術館で「画家 岸田劉生の軌跡 -油彩画、装丁画、水彩画などを中心に」も開幕。「麗子十六歳之像」ほか油彩、水彩、墨画、素描、版画、資料など約150点が公開されます。(2019114日まで)

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