【スペシャリスト 鑑賞の流儀】詩人・平田俊子×「カール・ラーション」展

「スペシャリスト 鑑賞の流儀」は、さまざまな分野の第一線で活躍するスペシャリストが話題の美術展を訪れ、一味違った切り口で美術の魅力を語ります。

今回は、詩人の平田俊子さんに、東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館(東京・西新宿)で開催中の「カール・ラーション スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家」展を鑑賞していただきました。

 

平田俊子(ひらた・としこ)

詩人。詩集『戯れ言の自由』(紫式部文学賞)、『詩七日』(萩原朔太郎賞)。小説『二人乗り』(野間文芸新人賞)。エッセー集『低反発枕草子』『スバらしきバス』。2015年から読売新聞「こどもの詩」選者。脚本を手がけた舞台「竹取」(構成・演出:小野寺修二 出演:小林聡美、貫地谷しほりなど)が2018105日〜112日、東京・滋賀・兵庫・福岡・熊本で上演された。

スウェーデンの画家カール・ラーション(18531919年)が、豊かな自然と昔ながらの伝統が残るスウェーデン中部ダーラナ地方の村スンドボーンの家(通称「リッラ・ヒュットネース」)での暮らしぶりを描いた絵画と、妻カーリン(18591928年)とともにデザインした家具、カーリンのテキスタイル(織物)などを紹介する展覧会です。

 

リッラ・ヒュットネースの庭に集うラーション一家
1906-07 年頃 © Carl Larsson-gården

 

ラーションの絵には、時間がゆっくり流れていた時代の良さが感じられます。一日一日を心豊かに過ごしたのではないでしょうか。画集『わたしの家』(1899年刊)の水彩画は、住んだことはないのに知っている家のような懐かしさがあります。幸福な家庭は、いつの時代もあまり変わらないのかもしれません。笑顔があり、会話があり、親に愛されている子どもたちがいる。理想的な温かい家庭がラーションの絵には描かれています。細部が描き込まれ、宝物みたいに隠れているものもあって、それを発見する楽しさもありますね。

 

カール・ラーションの画集を見る平田俊子さん(撮影 清水敏明)

 

「あしたはクリスマス・イヴ」(1892年 水彩・インク)も幸福感に満ちた一枚です。男の子が鍵穴を覗き、女の子はドアに耳をつけてドアの向こうの様子をうかがっている。サンタクロースがプレゼントの相談をしているのでしょうか。もう一人の男の子はお姉さんの背中にくっついて、お姉さんの右手はその子に触れています。小さい女の子は正面を向いて笑っている。視線の先にお父さんのラーションがいるのかな。一枚の絵にドラマがあり、ドアの向こう側まで想像されます。堅くて重厚なドアと、柔らかな子どもたちの衣服や身体、直線と曲線の対比が美しいですね。赤い燭台の壁紙も、温かい家庭の象徴のようです。

ラーションの絵には赤い色がよく使われています。優しい赤で、その家に住む家族の生命力を感じさせます。若い頃のラーションは挫折も味わいました。幸福のはかなさを知っているから、一瞬の幸せをいとおしむような絵をたくさん描いたのかもしれませんね。

 

「あしたはクリスマス・イヴ」 1892年 水彩・インク
カール・ラーション・ゴーデン © Carl Larsson-gården

 

「おやすみなさい」(1894年 木炭)は、同じ家の中とは思えない、怖い夢のような絵です。妻カーリンの持つ明かりが顔を下から照らし、後ろに大きな影を作っています。ろうそくの時代には夜の室内は暗かったのでしょうが、カーリンの内面が影になって現れたようにも思えます。人物は小さく、暗闇の部分が多くを占める作品です。

「おやすみなさい」 1894年 木炭 ティールスカ・ギャラリー
Photo : The Thiel Gallery / Tord Lund
© The Thiel Gallery / Thielska Galleriet, Stockholm

 

「アザレアの花」(1906年 水彩)は手前中央に優しい色の花が大きく描かれ、カーリンが菱川師宣の浮世絵「見返り美人」を反転させたようなポーズでこちらを見ています。左奥の機織り機には作りかけのタペストリーがあり、カーリンのテリトリーなのでしょう。一見幸福そうな絵ですが、よく見るとカーリンは刃の開いたハサミを握っている。ドキッとしますね。さらによく見ると台の上に青い布のようなものがある。カーリンはこれを切ろうとしているのかもしれませんが、ハサミの刃にどうしても目が行きます。

「アザレアの花」 1906年 水彩 ティールスカ・ギャラリー
Photo : The Thiel Gallery / Tord Lund
©The ThielGallery/ ThielskaGalleriet, Stockholm

 

1859年生まれのカーリンは文化に理解のある両親に育てられ、画家を志して王立美術学校で学びました。当時の女性としては珍しいことです。フランスに留学中、芸術家村のグレー=シュル=ロワンでラーションと出会って結婚します。絵を続けたかったのではと思いますが、結婚後は方向転換をした。画家として描く側だったのが、モデルとして描かれる側になった。平静でいられたかどうか、カーリンの思いが気になります。

ラーションは、妻を芸術家とは考えていなかったようです。2人の関係は詩人の高村光太郎と妻・智恵子の関係を連想させます。智恵子は上京したあと油絵を学び、平塚らいてうたちが創刊した雑誌「青鞜(せいとう)」の表紙絵を描いたこともあります。光太郎に惹かれたのも同じ芸術を志す立場だったからですが、結婚後は家事中心になり、カーリンと同じように機織り機で光太郎が着るものを作ったりしました。画家への道は次第にあきらめました。のちに精神を病んでからはたくさんの切り絵を作り、智恵子の油絵はほめなかった光太郎も切り絵はほめています。私にはカーリンのタペストリーが智恵子の切り絵と重なって見えました。

夫婦2人だけの生活だったこともあり、智恵子は追い詰められたのかもしれません。カーリンには8人の子どもがいたから、子どもたちの服を作ったりしました。家族のためにいろいろなものを作ることで、気持ちを切り替えられたのでしょうか。絵をあきらめた無念さもどこかにあったように思います。

 光太郎は妻の内面に気づかなかったと思いますが、ラーションは分かっていた気がします。ラーションが描いた妻は笑顔だけではない。時に暗い表情に描いているのは妻の内面に気づいていたからではないでしょうか。

男性中心の社会の中で、カーリンのような女性は数えきれないほどいることでしょう。カーリンにもっと光が当たるといいと思います。彼女の作ったドレスやテキスタイルは工夫が凝らされ、色も美しいですね。

カーリンがデザインした、夫と自分の寝室をつなぐ扉代わりのカーテン「愛の薔薇」(右)とクッション「ひまわり」(いずれも複製)。「色もデザインも美しい」と平田俊子さん(撮影 清水敏明)

 

今回の回顧展では、ラーションの挿絵の仕事も紹介しています。文学畑の人間としては、ラーションと劇作家・小説家のアウグスト・ストリンドベリとの関係も気になるところでした。ラーションは彼の作品『スウェーデンの人々』(1882年出版)などの挿絵を担当しますが、後に仲違いをしてしまいます。日本でもストリンドベリの作品は明治後期からたくさんの人によって翻訳されました。森鷗外は戯曲『債鬼』を訳し、上演された舞台を妻と観に行っています。上田敏や山本有三、千田是也なども訳しています。最近は読む人がほとんどいなくなり、久しぶりに名前を目にしました。

ラーションが描いたストリンドベリは人相が悪いですね(笑)。画家はその人の本質をつかんで描くから恐ろしいです。本当にここまで人相が悪かったのかもしれませんが。

(聞き手 読売新聞東京本社事業局専門委員 高野清見 )

 

  • リッラ・ヒュットネース スウェーデン語で「岬の小さな精錬小屋」という意味。1888年、所有していた妻カーリンの父親からカールに譲られた。ラーション夫妻は避暑などで訪れながら改装や増築を重ね、1901年から定住。現在は記念館「カール・ラーション・ゴーデン」として公開されている。公式サイト http://www.carllarsson.se/en/

 

◇開催概要 「カール・ラーション スウェーデンの暮らしを芸術に変えた画家」展

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館(東京・西新宿)

2018922日(土)~ 1224日(月・休)

日本とスウェーデンの外交関係樹立150周年を記念し、スウェーデンの国民的画家カール・ラーションと妻カーリンの絵画、家具、テキスタイルなどを展示。日本では1994年に東京都庭園美術館など4館を巡回した「スウェーデンの国民画家 カール・ラーション展」以来の回顧展となる。監修者の美術史家、荒屋鋪透・中部大学人文学部教授は三重県立美術館の学芸員時代に上記の巡回展を担当。本展では近年の研究動向を踏まえて夫妻の暮らしと芸術に焦点を当て、カーリンの作品も多数紹介。ラーションの挿絵の仕事にも注目した。展覧会カタログは公式ガイドブックとして東京美術から刊行(本体価格2000円)。

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