【壺屋めりの展覧会ちょっと深読み】 「ミケランジェロと理想の身体」展の巻

名画や名品の魅力は、背景にある社会的慣習や芸術家の人間模様などを知ると一層高まります。

芸術家の駆け引きや失敗談などを紹介した「ルネサンスの世渡り術」(芸術新聞社)などの著書がある、気鋭の美術史家、東京芸術大学客員研究員の壺屋めりさんに、美術品誕生の舞台裏やエピソードなどを「展覧会ちょっと深読み」と題して紹介していただきます。ご期待ください。

 

東京・上野の国立西洋美術館では、619日(火)から924日(月・祝)まで「ミケランジェロと理想の身体展」が開催されています。もう会期も後半なので、すでに足を運ばれた方も多いかもしれませんね。わたしも早速行きましたが、ルネサンス期の画家・彫刻家たちが、どのように古代美術を受け止め、自分の作品に反映させていたかがわかる、興味深い展覧会です。

しかし、造形的な関連を見て学ぶのみならず、各作品がそもそも何なのか、どういった文脈で制作されたものなのか、その用途は何だったのか、といった点に注目してみると、展示物がより趣深く感じられるかもしれません。

たとえば、本展覧会では、ルネサンス期フィレンツェの邸宅に置いてあったような調度品が複数出品されています。序盤に展示された、二人の子供が描かれた円形の板絵《遊ぶ幼児たち》はじつはただの絵ではなく、デスコ・ダ・パルト(誕生盆)とよばれるもので、もともとはお産を終えたお母さんに最初に運ばれる料理をのせるお盆でした。お盆としての用が済んだあとは壁にかけて飾り、記念品として大事にされます。この《遊ぶ幼児》を制作した画家スケッジャは、メディチ家のロレンツォ・イル・マニフィコが生まれたときのデスコ・ダ・パルトも制作しており、フィレンツェの良家からたいへん重宝されていた画家であることが想像されます。

スケッジャ(ジョヴァンニ・ディ・セル・ジョヴァンニ・グイーディ)
「遊ぶ幼児たち」
1450-70年
個人蔵、モレッティ・ファインアート・リミテッド寄託
Private collection, Courtesy of Moretti Fine Art Ltd

 

また、そのすぐ近くに展示されている横に細長い板絵《スザンナ伝》も、スケッジャの手によるものですが、これはもともとカッソーネとよばれる長持の装飾だったもの。カッソーネはルネサンス期イタリアでは嫁入り道具の一つとしてポピュラーで、ここに花嫁の衣装などを収納しました。ティツィアーノの代表作として知られる《ウルビーノのヴィーナス》(ウフィツィ美術館蔵)の背景にも描かれていますね。嫁入り道具という用途から、カッソーネの前面にはしばしば夫婦の美徳をあらわす主題の装飾が施されました。ここに描かれているのは旧約聖書に取材したスザンナの物語。2人の長老に水浴を覗き見されてしまったスザンナは2人の誘惑を拒絶しますが、これに腹を立てた長老たちは逆にスザンナを不義の女として糾弾します。絵にあらわされているのは、不当に糾弾されたスザンナが刑の執行場に連れられていくところです。この物語はスザンナの貞淑と慎み深さを称えて花嫁の模範とするもので、結婚のお祝いとしてぴったりの主題とみなされました。

スケッジャ(ジョヴァンニ・ディ・セル・ジョヴァンニ・グイーディ)
「スザンナ伝」
1450年頃
国立西洋美術館蔵

 

デスコ・ダ・パルトもカッソーネも家のなかで使う家具や調度品の類に含まれますが、画家スケッジャはこうした調度品装飾を中心に請け負った画家です。ルネサンス邸宅の室内は、たくさんの絵があしらわれた調度品であふれていたんですね。美術館の展示室に飾られてしまうと忘れてしまいがちですが、そこにある絵画や彫刻はもちろん最初から美術館に飾られるために作られたわけではなく、何らかの明確な目的のもと制作され、日用品として人々に使われた、非常に身近なものだったのです。

その作品がもともと置かれていた場所のそばには何があったのか、考えてみるのもまた一興です。作品はしばしばほかの作品と関係を結ぶように置かれることがあるからです。

本展覧会の後半ではミケランジェロとその生涯を題材とした作品が展示されていますが、そのなかに17世紀の図案に基づくメダルがあります。偉人を顕彰する記念メダルは珍しくありませんが、面白いのは、このメダルがレオナルド・ダ・ヴィンチをあらわした記念メダルと対だった可能性があることです。もしそうならば、これらのメダルを並べることでレオナルドとミケランジェロが向い合せに対面する形になり、2人の巨匠が対話しているかのように見えたことでしょう。

ジェラール・レオナール・エラールに基づく
「ミケランジェロのメダル」
19世紀初頭(1673年のメダルに基づく)
グラッシナ(フィレンツェ)、カミッラ・ブルスキ・コレクション

 

同じセクションには、1880年に描かれたミケランジェロの油彩の肖像も展示されています。じつはこれも対で制作されたものなのですが、こちらでペアになるのは同じ芸術家のレオナルドではなく、科学者ガリレオ・ガリレイ。ミケランジェロとガリレオとは不思議な組み合わせです。なぜこの2人なのでしょうか。

そのヒントはフィレンツェのサンタ・クローチェ聖堂にあります。ルネサンス以来、フィレンツェの偉人たちの墓を収めてきたこの聖堂には、正面扉から入ってすぐ右手にミケランジェロの墓が、すぐ左手にガリレオの墓があるのです。偉人のお墓参りがブームであった19世紀、向い合せに墓が配置されたこの2人が、フィレンツェを代表する二大偉人とみなされたのも納得です。実際、作家スタンダールが「スタンダール症候群」を発症したのも、ここサンタ・クローチェ聖堂で偉人のお墓に囲まれたときでした。

では、ミケランジェロのお墓はどういったものなのでしょう。もちろん現在もサンタ・クローチェ聖堂に行けば見ることができるのですが、このお墓の版画も展覧会に出品されているので、展示室にいながらにして確認することも可能です。絵を通してではありますが、各時代のミケランジェロ愛好家たちのように、お墓参りした気分になるのも一興ですね。

パッシニャーノ(ドメニコ・クレスティ)
「ミケランジェロの肖像」
17世紀初頭
個人蔵

直前の記事

新着情報一覧へ戻る