美術館あるある①「羽織るものをお持ちください」 【きよみのつぶやき】

 

美術館に行くと、「なぜ?」と思うような注意事項を目にします。【美術館あるある】では、「そういうことって、あるある」と思わずうなずいてしまう戸惑いや疑問を、不定期で考察していきます。

 

8月も下旬というのに暑い日が続いています。近所のスーパーに行くとアイスクリームや炭酸水の商品ケースに空きが目立ち、補充が追いつかないほどの売れ行きのようです。

一昔前には「消夏法」という言葉があり、新聞や雑誌の投稿欄で「我が家の消夏法」を募集していました。お金のない大学時代、冷房の効いた山手線に乗って何周もしながら本を読むという猛者がいましたが、彼にとってはそれが勉強を兼ねた消夏法だったのでしょう。

 

美術好きの消夏法は、もちろん展覧会めぐりと決まっています。

涼しい展示室で作品をゆっくりと鑑賞し、併設されたカフェやレストランで休憩すれば、2~3時間は暑さを忘れたひとときを過ごせるのですから。

ただし、一つだけ悩ましい問題が。それは温度設定で、「涼しい」を通り越して「寒い」と感じる時がままあるのです。炎天下を歩き、汗ばんだ体で展示室に入ると、まるで瞬間冷却されたような気がします。

 

美術館も心得たもので、公式サイトなどで丁寧な説明をしています。例を挙げましょう。

 

「展覧会会場の温度・湿度・照明は、作品保護に関する国際的標準と慣例、及び所蔵美術館の貸出条件に従って厳密に管理されています」

「展示室では、作品保護の観点から展示室の温度を22℃前後に設定しております。寒いと感じられる方もいらっしゃいますので、ご心配な方は羽織るものをお持ちください」

 

作品保護のため、展示室の環境が一定に保たれていることが分かります。湿度も低く抑えられているため、なおさら寒く感じるのでしょう。温度は20~22度前後に設定することが多いようですが、展示物の材質や保存状態はもちろん、作品を貸し出してくれた所蔵者の要望などによっても変わります。

「羽織るものをお持ちください」とは、つまり入場者が自分で温度調節をしてくださいという意味です。ただ、女性は夏場でもストールやカーディガンを持ち歩く方が多いようですが、男性は概して温度調節に無頓着なもの。半袖シャツやポロシャツ、あるいはいさぎよく(?)Tシャツ一枚で美術館を訪れ、展示室で寒そうに肩をすくめている方を目にします。三菱一号館美術館(東京・丸の内)のように、展示室の入り口に貸し出し用のストールを置いてくれているところもあるので、利用してみるのも手でしょう。

 

展示室がやけに寒いと感じる時、私はコント作家の永六輔さんがNHKラジオの文化講演会で聴衆を笑わせた体験談を思い出します。

冷房がよく効いた新幹線に乗った永さんは、近くの乗客が読み終えた新聞を体に巻きつけている姿を見て車掌を呼び止め、「あの、寒いんですが・・」と訴えました。すると車掌は首をかしげ、どこかに行って戻ってくると「合っています」とひとこと。「設定温度の通りです」という意味だったのでしょう。これが本当の話か、それとも永さんが面白おかしく脚色を加えた話なのかは分かりません。

 

たとえ寒いと感じても、貴重な美術品を守るのが目的なら我慢しないわけにいきません。展覧会場を回り終えて、体もすっかり冷えました。美術館のカフェに寄って、熱いカフェラテでも飲むことにしましょうか。

 

(読売新聞東京本社事業局専門委員 高野清見)