【スペシャリスト 鑑賞の流儀】翻訳家・鴻巣友季子×「モネ それからの100年」展

「スペシャリスト 鑑賞の流儀」は、さまざまな分野の第一線で活躍するスペシャリストが話題の美術展を訪れ、一味違った切り口で美術の魅力を語ります。

今回は、翻訳家の鴻巣友季子さんに、横浜美術館(横浜市)で開催中の「モネ それからの100年」展を鑑賞していただきました。

 

鴻巣友季子(こうのす・ゆきこ)

翻訳家。訳書にエミリー・ブロンテ『嵐が丘』、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(いずれも新潮文庫)など。新著に『翻訳ってなんだろう?』(ちくまプリマー新書)。日本航空の機内誌「SKYWARD」で本に関するエッセーを連載中。

モネ「セーヌ河の日没、冬」(左)と鴻巣さん

クロード・モネ(1840~1926年)の絵画25点と、後の世代の芸術家26人による絵画・写真など66点を集めた企画展です。モネの作品とその“後継者”たちの有機的なつながりが、しっかりと見られる構成になっています。

モネの初期作品は、フォーカスをどこに当てて見ているのかとてもよく分かります。しかし、たかだか10年くらいの間にパースペクティブ(遠近法)は薄らぎ、輪郭もぼやけて背景に溶け込み、流れるような色彩や光の反射など、私たちのよく知るモネに変貌します。「セーヌ河の日没、冬」(1880年)ではエゴ(自我)の後退、さらに言えばエゴの瓦解――形なきものに向かう引力のようなものを感じました。文学ではこのモダニズムの時代、すべてを知る作者が俯瞰的に語っていたそれまでの「強権的な語り」が分散、溶解し、ジョイスやフォークナーのような、内面的視点やポリフォニック(多声的)に語らせるテキストに向かいます。モネの絵も「絵の中に見えているものは実は信用ならない」と自己言及的に言っているかのようで、とても強く惹かれました。これと堂本尚郎の「1960-5」(1960年)というアンフォルメル(不定形)の絵画は、自然の普遍的なイメージを抽出している点で相通じているように思います。

「霧の中の太陽」(1904年)は、今回展示されたモネ作品の中でターニングポイントのような存在に思えます。背景はほとんど描かれず、ぼんやりと人影が映るだけ。この絵に続いてゲルハルト・リヒターの絵画「アブストラクト・ペインティング(CR 845-8)」(1997年)を見ると、モネの要素がすべて入っていると感じました。ところが逆にリヒターを先に見ると、モネがリヒターに影響を受けたように感じてしまう。100年近く隔てた絵にもかかわらず、こうして並ぶと観者は同じコンテクスト(文脈)で見比べます。影響関係の逆転を文学で「先取りの剽窃」と呼びますが、それがこの展覧会のトリックであり、面白いところでしょう。

 

それに続く睡蓮の部屋は圧巻です。オランジュリー美術館(パリ)にある睡蓮の展示室をまねたものでしょうけど、円形で見せるのが効果を上げていると思いました。ここに並ぶモネの睡蓮の中で、私は1906年の作品に最も興味を引かれました。他の睡蓮ではまだフォーカスがあり、画家の存在が見えるのに対して、ますます固定的な視点を消失し、リフレクション(反射)も淡く、どこを見ているのか分からない印象がある。

モネの「睡蓮」が並ぶ円形の展示室を歩く鴻巣さん

 

この絵と見比べて面白いと思ったのが、福田美蘭さんの「睡蓮の池」「睡蓮の池 朝」(2018年)の連作です。高層ホテルかナイトクラブでしょうか、夜と朝の風景を描いた絵で、テーブルクロスが睡蓮のようです。夜の風景ではまだ「語りの視座」が感じられますが、朝の風景には衝撃を受けました。ライトは消え、空間自体が瓦解して空に溶け込んでしまっている。うっすらとした空のピンクが、モネの睡蓮の淡いピンクを思わせますが、明らかに目の焦点が合っていない。まるで対象を見ている視点者が消失してしまったか、ワインでも飲みすぎて酔いつぶれて迎えた朝のようです。

 

 

モネの睡蓮を見ていなかったら、美蘭さんの「睡蓮の池 朝」を見た時、自分の中でそこまでの世界の広がりはなかったかもしれません。この展覧会では予定調和的な「モネ」像をさまざまな方向から揺さぶられた気がしました。
(聞き手 読売新聞東京本社事業局専門委員 高野清見)

 

  • 堂本尚郎 1928~2013年。1955年にパリに留学。既成の形態を否定する世界的な絵画運動「アンフォルメル」に参加し、日本にも紹介した。2007年に文化功労者。
  • ゲルハルト・リヒター 1932年生まれ。ドイツを代表する現代美術の巨匠。絵の具をヘラで引き伸ばした抽象絵画などで知られる。
  • 福田美蘭 1963年生まれ。日本や西欧の美術史、芸術と社会との関係などをユーモアや風刺に富む絵画で問いかけてきた。父はデザイナーの故・福田繁雄。

 

◇開催概要
「モネ それからの100年」展 横浜美術館(横浜市)
2018年7月14日(土)~9月24日(月・休)

印象派の巨匠クロード・モネが、画業の集大成となる「睡蓮」の大装飾画の制作に着手してから約100年。初期から晩年に至る絵画と、近現代の画家や写真家などによる絵画・版画・写真・映像を集めた。「新しい絵画へ―立ちあがる色彩と筆触」「形なきものへの眼差し―光、大気、水」「モネへのオマージュ―さまざまな『引用』のかたち」「フレームを越えて―拡張するイメージと空間」の4章構成で、モネの革新的な表現が後世に与えた影響と、時代を超えた共通性を浮き彫りにする。名古屋市美術館から横浜美術館に巡回。福田美蘭さんが新たに描いた「睡蓮の池 朝」は横浜展だけの特別出品。

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