【レビュー】シナリオに見る多彩なインスピレーションの淵源 展覧会「脚本家 黒澤明」 国立映画アーカイブで11月27日まで

展覧会 脚本家 黒澤明

  • 会期

    2022年8月2日(火)11月27日(日) 
  • 会場

    国立映画アーカイブ(展示室(7階))
    http://www.nfaj.go.jp/
    中央区京橋3-7-6
  • 観覧料金

    一般250円(200円)/大学生130円(60円)/65歳以上、高校生以下および18歳未満、障害者(付添者は原則1名まで)、国立映画アーカイブのキャンパスメンバーズは無料

    ※()内は20名以上の団体料金

  • 休館日

    月曜日および9月6日(火)~9日(金)、9月27日(火)~10月2日(日)

  • 開館時間

    11:00〜18:30 入室は午後6時まで
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映画監督、黒澤明(1910-1998)はその生涯で数多くの脚本も書きました。今展ではシナリオライターとしての黒澤に焦点を当て、黒澤作品の専門家の全面的な協力を得て、その偉大な創作の秘密に迫ります。

展示室の入り口には公開当時の黒澤作品ののぼりが並びます

《ゴーストライター》としての黒澤

助監督の修行時代、脚本制作で映画製作者としての腕を磨きました。黒澤自身が執筆した脚本のリストを残しており、その中には「脚本・黒澤明」として明確にクレジットされているものもあれば、名前が出ない他監督のための代作だったり、現存が確認できなかったりするものもあります。同展担当の岡田秀則主任研究員は「監督への道として、シナリオ制作で修行するのは当時、ごく一般的。黒澤もゴーストライターなどをしながら成長したと思われます」と言います。

黒澤に影響を与えた世界の文豪たち

従来、ドストエフスキーやシェイクスピア、山本周五郎などから受けた影響については盛んに論じられ、今展でも紹介があります。さらにゲーテの『ファウスト』と名作『生きる』との関連性や、バルザックへの心酔ぶりなども取り上げられていて、世界の文豪から貪欲にエッセンスを吸収していた黒澤の姿勢がうかがわれます。映画製作で多忙な中、驚異的な読書量も伺われます。

『七人の侍』創作の秘密

世界の映画人に多大な影響を与えた『七人の侍』。橋本忍、小國英雄というやはり日本を代表する名脚本家との共同作業で、あのシナリオが形作られました。その過程についても詳しく紹介しています。

三船敏郎が演じたあの菊千代。破天荒で、どこか憎めない印象的なキャラクターですが、大変に難産だったようで、紆余曲折を経て成立したことが分かります。菊千代以外のキャラクターも微妙な変遷を経て、あの名作に結実しました。

共同作業の過程も詳しく分析

痛快アクションの『隠し砦の三悪人』(1958年)は菊島隆三のたたき台をもとに、黒澤、菊島、橋本、小國の4人が泊まり込みで一気にシナリオを作りました。その過程をデジタル展示で詳しく知ることができます。映画ファン必見のコーナー。

上原美佐が印象的な『隠し砦の三悪人』。当時の資料も展示されています。

海外の映画製作者にも多大な影響

世界の映画史にその名を刻む「クロサワ」。『生きる』『七人の侍』『乱』などのシナリオが各国語に翻訳され、後進の道しるべになりました。

研究チームが選定した「黒澤作品の影響を受けた外国映画15選」も興味深いです。昨年、話題になったリドリー・スコットの『最後の決闘裁判』、今年公開された注目作の『Living』なども入っており、依然として映画製作者に強いインスピレーションを与えているのでしょう。

貴重な資料も展示されています。黒澤が監修としてクレジットされたものの、未制作に終わった連続テレビドラマ『ガラスの靴』の第1回台本(決定稿、1971年)。年譜などでは黒澤執筆とされていましたが、現物が確認されていなかった「幻の脚本」で、今回が世界初公開です。

黒澤映画の原点と、その後の広がりを実感できる展示です。世界の文豪の名作をはじめとする豊富な文学的素養と、優秀なスタッフとの共同作業があってあの名作群が築かれたことがよく分かります。来場される前に、黒澤の主要作をひとおとりおさらいしておくと、一層楽しめます。

(読売新聞美術展ナビ編集班 岡部匡志)