展覧会構成 Structure

第1章 聖武天皇と光明皇后ゆかりの宝物

天平勝宝8歳(756)6月21日。聖武天皇しょうむてんのうが崩御されて四十九日にあたるこの日、光明皇后こうみょうこうごうは天皇が早く盧遮那仏の世界「花蔵けぞう宝刹ほうさつ」に安住されることを願って、東大寺の大仏(盧遮那仏)に天皇御遺愛の品々をはじめとする、六百数十点の宝物を献納されました。
この章ではその際の目録である『国家珍宝帳こっかちんぽうちょう』に記された宝物を中心として、聖武天皇と光明皇后ゆかりの品々をご紹介致します。
「国家の珍らしき宝」と称された、8世紀の我が国を代表する至宝の数々をご覧ください。

国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)(部分)
聖武天皇と光明皇后の思い出の数々

前期展示 国家珍宝帳こっかちんぽうちょう(部分)

奈良時代・天平勝宝8歳(756) 正倉院宝物
聖武天皇の御遺愛品をはじめとする宝物が東大寺大仏に献納された時の目録。白麻紙18枚を貼り継いだ紙に墨色も鮮やかに堂々とした書風で記され、全体に「天皇御璽てんのうぎょじ」の印が捺されています。巻末にある「宝物はみな聖武天皇の御遺愛品などです。昔のことを思い出し、目に触れるたび悲しみでくずれそうになります。謹んで盧遮那仏に献納します」という趣旨の言葉からは、宝物を見るたびに亡き聖武天皇との日々を思い、身がくずれるほど嘆き悲しんだ、光明皇后の深い愛情が伝わります。
平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)
南海のきらめきをちりばめた鏡

後期展示 平螺鈿背八角鏡へいらでんはいのはっかくきょう

唐時代・8世紀 正倉院宝物
『国家珍宝帳』に記された20面の鏡の一つ。銅で作られた花のような膨らみを持つ鏡で、背面に装飾を施した宝飾鏡ほうしょくきょうの代表作です。琥珀こはく螺鈿らでん(ヤコウガイの真珠層)による宝相華ほうそうげと呼ばれる天上世界の空想の花を背面いっぱいに詰め込み、その間にはトルコ石の細片をはめ込んでいます。素材の持つ美しさを存分に活かした、ため息の出るような華麗さにご注目ください。
国宝 海磯鏡(かいききょう)

通期展示 国宝 海磯鏡かいききょう

唐または奈良時代・8世紀 東京国立博物館(法隆寺献納宝物)
聖徳太子の命日にあたる2月22日を期して、天平8年(736)に光明皇后が法隆寺の「丈六じょうろく」仏に捧げられた鏡。太子に等しい仏として信仰された金堂の釈迦三尊像に奉納されたと考えられます。鏡の背面には四方に山が表され、その周りは波の文様で埋め尽くされています。「海磯鏡」と称されるものの、仙人の姿とともにオシドリも見えるため、川や湖にまつわる神仙説話を表わしたものと考えられます。

第2章 華麗なる染織美術

正倉院の染織品は、法隆寺献納宝物の作品とともに世界最古の伝世品として知られています。
東大寺大仏の開眼会かいげんえや聖武天皇の一周忌法要においては、大量のばん天蓋てんがいじょくなどが必要とされ、それらは儀式の後に東大寺へ納められ、現在は正倉院宝物として伝来しています。
この章では、正倉院を代表する作品が一堂に会します。天平文化を彩った華麗なる染織美術の世界をご覧ください。

紺夾纈絁几褥(こんきょうけちあしぎぬのきじょく)
色鮮やかなシンメトリーの楽園

後期展示 紺夾纈絁几褥こんきょうけちあしぎぬのきじょく

奈良時代・8世紀 正倉院宝物
仏に供物を捧げる時、机の上に敷かれた作品です。夾纈とは2枚の木の板に文様を対称に刻み、これに布帛を挟んで強くしめ、防染する技法のこと。大きく枝葉を広げた果樹の下には蓮花座れんげざに乗った水鳥が鮮やかな色彩で左右対称に表されています。正倉院の夾纈を代表する作品の一つ。
平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)
天平の大空を翔るみほとけ

前期展示 墨画仏像すみえのぶつぞう

奈良時代・8世紀 正倉院宝物
沸き立つ雲に乗り、大きく天衣てんねを翻した菩薩。麻布にたっぷりと墨を含ませた筆で描かれています。菩薩の厚い唇やよく張った肩、大きな手の表現は肉感的ですらあります。中国盛唐時代の影響がうかがわれる奈良時代らしい大らかな表現が魅力的な作品です。

第3章 名香の世界

仏教の儀礼においては、貴重な香を焚いて仏に供養を行います。
東大寺の大仏開眼会かいげんえに代表される儀礼の場は、ふくよかな香りに満たされていたことでしょう。
この章では正倉院を代表する香木である黄熟香を中心として、法隆寺献納宝物として伝来する沈水香じんすいこうなどの香木、火舎かしゃ薫炉くんろといった香を焚くために用いる道具をご紹介いたします。

黄熟香(蘭奢待)(おうじゅくこう らんじゃたい)
天下人が切望した香り

通期展示 黄熟香おうじゅくこう(蘭奢待)  らんじゃたい  

東南アジア 正倉院宝物
「蘭奢待」の名で知られる天下の名香。この雅名の中には「東」「大」「寺」の三文字が組み込まれています。足利義政や織田信長らがこの香木を得たいと熱望し、一部を切り取った出来事は有名です。近代には明治天皇も行幸した折に切り取られています。ジンチョウゲ科のジンコウ属植物に樹脂が沈着することで出来た沈香じんこうであり、いまだに高い香りを放っています。
黄熟香(蘭奢待)(おうじゅくこう らんじゃたい)

第4章 正倉院の琵琶

正倉院は古代楽器の宝庫でもあります。
すでに現地では失われてしまった古代中国や朝鮮半島の楽器を伝えている点は、世界の音楽史上にも特筆すべきものでしょう。
なかでもとりわけ有名なのが華麗な装飾が施された琵琶です。
本章では正倉院の古代楽器を代表する二つの琵琶を中心として、本年完了した模造事業の成果もご紹介いたします。
天上世界の楽器ともいうべき、究極の造形美をご堪能ください。

螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)
シルクロードの音色を運ぶ至高の美

前期展示 螺鈿紫檀五絃琵琶らでんしたんのごげんびわ

唐時代・8世紀 正倉院宝物
古代インドに起源を持つ五絃琵琶。その唯一の作例として著名な本作は、紫檀したんり抜いた槽に別材の腹板ふくばんをあて、全体に玳瑁たいまい(ウミガメの甲羅)と螺鈿らでんで装飾を施しています。特に背面に表わされた宝相華文ほうそうげもんは圧巻です。ばちを受ける部分にはラクダに乗って琵琶を演奏する人物が表され、シルクロードを通じて遠い異国の音楽が伝えられたことを象徴するかのようです。『国家珍宝帳』記載の品であり、古代東洋の工芸史上、最高の傑作と言うべき至宝です。
紫檀木画槽琵琶(したんもくがのそうのびわ)
草原の狩猟を描いた琵琶

後期展示 紫檀木画槽琵琶したんもくがのそうのびわ

唐または奈良時代・8世紀 正倉院宝物
四絃琵琶は古代ペルシアに起源を持つ楽器。五絃琵琶と異なり、頚部が後ろへと直角に曲がるのが特徴です。本体は紫檀したんり抜いた槽に別材の腹板を貼り、背面には象牙や黄楊つげすずなどをはめ込む木画もくがの技法によって華麗な装飾が施されています。ばちが当たる部分には革を貼り、馬に乗って狩猟を行う人物や山中での酒宴の様子を極彩色で表わしています。

第5章 工芸美の共演

わが国の7世紀美術を代表する法隆寺献納宝物と8世紀美術を代表する正倉院宝物。
それぞれ聖徳太子と聖武天皇に由来する宝物には時間的な隔たりがあるものの、同じ用途のために製作された作品も含まれています。
本章では主に二つの宝物を同時に展示することで、飛鳥時代から奈良時代にかけて、作品の形がどのように変わっていったのか、また美意識の特色について見ていきます。

漆胡瓶(しっこへい)
聖武天皇御愛用。異国趣味な水差し

後期展示 漆胡瓶しっこへい

唐または奈良時代・8世紀 正倉院宝物
『国家珍宝帳』に記載される聖武天皇御遺愛の水瓶すいびょう。下膨れの胴に把手とっての付いた形は胡瓶こへいと呼ばれ、ササン朝ペルシアに由来します。蓋の形は鳥の頭のようで、銀の鎖により把手とつながっています。黒い漆の表面には銀の薄板をはめ込む装飾が施され、草花の生い茂る野に鹿が駆け、鳥が舞う様子が華やかに表わされています。
国宝 竜首水瓶(りゅうしゅすいびょう)
竜の姿をかたどる水差し

後期展示 国宝 竜首水瓶りゅうしゅすいびょう

飛鳥時代・7世紀 東京国立博物館
銅に金銀の鍍金ときんを施した華麗な水瓶。西アジア由来の器形のみならず、胴体に刻まれたギリシア・ローマ神話由来の有翼馬や、注ぎ口の龍など、シルクロードを経由してわが国に伝えられた諸地域の造形表現が一作品に結集しています。法隆寺献納宝物を代表する古代金工美術の傑作であり、壮大な古代の国際交流を今に伝えています。
伎楽面 酔胡王(ぎがくめん すいこおう)
酒宴で舞い踊る異国の王

前期展示 伎楽面 酔胡王ぎがくめん すいこおう

奈良時代・宝亀9年(778) 正倉院宝物
伎楽は、中国南部(呉)に由来するセリフを伴わない音楽劇で、飛鳥時代に朝鮮半島の百済から伝えられ、仏教法会などで催されました。これは酔っぱらったの国(ペルシアをはじめとした西アジア)の王様が従者を従えて舞い踊る演目に用いられた酔胡王すいこおうの伎楽面。正倉院に伝えられた数多い伎楽面の中でも白眉といえましょう。特に冠帽かんぼうにある唐花からはなの文様は、奈良時代らしい華やかさを示しています。
重要文化財 伎楽面 酔胡王(ぎがくめん すいこおう)
酒宴で舞い踊る異国の王

前期展示 重要文化財 伎楽面 酔胡王ぎがくめん すいこおう

飛鳥〜奈良時代・7〜8世紀 東京国立博物館
聖徳太子ゆかりの法隆寺に伝来した伎楽面。西アジアの鼻が高い人物の相貌を誇張して表し、酔っぱらった赤ら顔をしています。大きく目を見開き、唇の厚い表情は威厳に満ち、本来は顎ヒゲとして、動物の毛が植え付けられていました。両側に耳隠し、正面に虎皮の飾りをともなった冠帽かんぼうは丈が高く大ぶりで、西域の古代服飾を今に伝えています。

第6章 宝物を守る

1260年以上の長きにわたり宝物を伝えてきた正倉院。
漆芸品や染織品など、脆弱ぜいじゃくな素材で作られた作品が現代に伝えられているのは、決して偶然のなせるわざではありません。
時の皇室による保護のもと、人から人へ守り伝えてきたことこそが、世界の文化史上にかけがえのない意義を持っています。
本章では明治以降本格化した正倉院宝物の調査と修復作業に焦点をあて、あわせて帝室博物館時代以来の東京国立博物館と正倉院のつながりもご紹介いたします。

正倉院裂(しょうそういんぎれ)と聖語蔵経巻(しょうごぞうきょうかん)の修理風景写真(しゅうりふうけいしゃしん)

正倉院裂しょうそういんぎれ聖語蔵経巻しょうごぞうきょうかん修理風景写真しゅうりふうけいしゃしん

大正4年(1915)頃 宮内庁正倉院事務所
江戸時代後期から行われた正倉院宝物の修理は、明治時代に入って本格化します。なかでも正倉院裂しょうそういんぎれとよばれる染織品の数は膨大で、その修理は現在も継続して行われています。これは唐櫃から取り出した染織品を水で伸ばし、和紙で裏打ちをしている大正時代の修理の様子です。第6章ではこの時に修理された「古裂帖こぎれちょう」も公開されます。
正倉院御物修理図(しょうそういんぎょぶつしゅうりず)

通期展示 正倉院御物修理図しょうそういんぎょぶつしゅうりず

稲垣蘭圃いながきらんぽ 筆 明治22年(1889) 東京国立博物館
宮内省図書寮くないしょうずしょりょうが当時の赤坂離宮の地で行っていた正倉院宝物修理の様子を描いた作品。筆者の稲垣蘭圃は図書寮に勤めていた人物で、正倉院宝物の模造製作を行っていた稲生真履いのうまふみの求めに応じて描かれました。大らかな当時の修理の様子を伝えるものとして貴重です。