CHAPTER 1章芸術

17世紀スペイン絵画の際立った特徴の一つに、芸術(家、作品)を表す芸術作品が数多く制作された点を挙げることができるでしょう。それらは自画像などの芸術家の肖像と、絵画や彫刻が超自然的な力を発揮して起こす奇跡の場面とに大別することができます。芸術家という存在や芸術作品が持つ力に対するこうした自意識の背後には、ものや人のかたちを再現し記録する実用性と、知的で自由な表現手段の創造性のはざまで揺れ動いていた、当時のスペイン社会における芸術の在り方をうかがうことができます。本章では、芸術とは何か、という根源的問題に対する当時の芸術家たちの取り組みの一端をご紹介します。

ホセ·ガルシア·イダルゴ《無原罪の聖母を描く父なる神》1690年頃 油彩/カンヴァス 185 x 146 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
ホセ·ガルシア·イダルゴ《無原罪の聖母を描く父なる神》1690年頃
油彩/カンヴァス 185 x 146 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 2章知識

 ベラスケスは、犬儒学派の古代哲学者《メニッポス》をルーベンスの《泣く哲学者ヘラクレイトス》との関連のもとに制作しました。偉大な古代の哲人には似つかわしくなく、当時の市井の貧しい一老人であるかのようなベラスケスの哲学者像は、同時代にナポリで活躍したジュゼペ・デ・リベーラによる「乞食哲学者」と称される一連の作品と関連付けられ、そのリアリズム、そして知識と貧困が分かちがたく結び付けられて表象されている点で共通します。本章は、こうした作品群を通じて、17世紀の美術における知識、とりわけ古典古代の哲学や思想の表象について探ります。

ペーテル・パウル・ルーベンス《泣く哲学者ヘラクレイトス》1636-38年 油彩/カンヴァス 183 x 64,5 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
ペーテル・パウル・ルーベンス《泣く哲学者ヘラクレイトス》1636-38年
油彩/カンヴァス 183 x 64,5 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 3章神話

古典古代の神話に基づく絵画や彫刻は、教会の影響力が強かった17世紀のスペインにおいては、限定されたかたちで制作され受容されました。それは、神話主題に不可欠であった裸体人物像が不道徳であるとされたからです。しかし、王宮や貴族の邸宅には裸体画ばかりを集めた秘密の部屋が作られ、特定の人々はそれらを享受することが許されていました。ベラスケスは当時のスペイン人画家としては珍しく《マルス》などの裸体画を描いていますが、それは彼が宮廷画家であり、王室コレクションに蓄積されたティツィアーノやルーベンスらの神話画を熟知していたからこそ可能だったのです。本章ではそうした裸体表現を中心として17世紀スペインの宮廷で制作され、また受容された様々な神話画をご紹介します。

グレゴリオ·マルティネス《鎖に繋がれたティトュオス》1590-96年 油彩/カンヴァス 173 x 233 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
グレゴリオ·マルティネス《鎖に繋がれたティトュオス》1590-96年
油彩/カンヴァス 173 x 233 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 4章宮廷

宮廷において美術は、国王及び国家を称揚する為政のためのプロパガンダとして制作され、また国王の品格や富、権力を誇示するために収集されました。ベラスケスが宮廷画家として仕えた国王フェリペ4世は、稀代のメガ・コレクターで、40余年の治世で3000点を優に超える数の絵画を収集したとされます。彼はマドリードのアルカサル(王宮)に加えて、ブエン・レティーロ離宮とトーレ・デ・ラ・パラーダ(狩猟休憩塔)という二つの宮殿を造営させ、内部をスペイン、イタリア、フランドルなどヨーロッパ各地から集めた絵画で飾り、17世紀絵画の縮図をマドリードに残したのです。本章ではスペイン・ハプスブルク家の宮廷美術を特徴づける、肖像画と宮殿装飾の二つの観点から、フェリペ4世の代に描かれ収集された作品を中心にご紹介します。

アロンソ·サンチェス·コエーリョ《王女イサベラ·クララ·エウヘニアとマグダレーナ·ルイス》1585-88年 油彩/カンヴァス 207 x 129 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
アロンソ·サンチェス·コエーリョ
《王女イサベラ·クララ·エウヘニアとマグダレーナ·ルイス》1585-88年
油彩/カンヴァス 207 x 129 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 5章風景

17世紀のスペインにおいて風景画は他のジャンルほどの隆盛は見ませんでしたが、フランドル、次いでイタリアの作例が多数流通し、そうした影響下からこの分野を手掛ける画家たちが現れました。ベラスケスの肖像画の傑作《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》は、その背景にマドリード北郊グアダラマの写実的な山並みを近代絵画を思わせるような素早さで描き込んでおり、スペイン風景画の歴史においても傑出した重要性を有する作品です。これによって19世紀末、ベラスケスは理想化されないスペインの現実の風景に美を見出した先駆者としても高く評価されたのです。本章では、17世紀のスペインで受容された風景画の諸相を、フランドルやイタリア、フランスの作例も交えて紹介します。

クロード·ロラン 《聖セラピウスの埋葬のある風景》1639年頃 油彩/カンヴァス 212 x 145 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
クロード·ロラン《聖セラピアの埋葬のある風景》1639年頃
油彩/カンヴァス 212 x 145 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 6章静物

風景画と並んで、静物画も17世紀の幕開けとともに誕生した新たな絵画ジャンルです。スペインの静物画は「ボデゴン」と通称され、トレドでまず制作されました。そこで確立された、宗教的神秘すら感じさせる厳格で荘厳な構図は、世紀を通じて基本的な特徴として引き継がれました。ベラスケスが独立した静物画を手掛けたかどうかはわかりませんが、彼は初期セビーリャ時代、迫真的な静物描写を大きく取り込んだ厨房画―酒場で飲食する人々を描く風俗画―により名声を博しています。本章では、17世紀スペインにおける静物表現のパノラマを、国際的な文脈のなかで振り返ります。

ヤン·ブリューゲル(父)《花卉》1615年 油彩/板 44 x 66 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
ヤン·ブリューゲル(父)《花卉》1615年
油彩/板 44 x 66 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 7章宗教

カトリック教会が対抗宗教改革を推し進めた17世紀は、宗教美術にとって史上最も実り豊かな時代のひとつでした。教会は信仰の道具として美術を最大限活用し、美術には神の教えを正しく伝えるだけでなく、民衆の心と感情に直接訴えかけることを求めました。そのため、明晰な様式で、宗教主題を現実的に解釈して描く写実的な絵画が作り出されたのです。図像面においても、とりわけ熱い信仰を集めた聖母や聖家族にまつわる解釈が刷新され、様々な聖人の殉教や幻視といった場面が新たに造形化されました。本章では、スペインを中心に、同様にカトリック圏であったイタリアとフランドルの作品も織り交ぜ、17世紀カトリック美術の特色と各地域による差異を浮き彫りにします。

マッシモ・スタンツィオーネ《洗礼者聖ヨハネの斬首》1635年頃 油彩/カンヴァス 184 x 258 cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado
マッシモ・スタンツィオーネ《洗礼者聖ヨハネの斬首》1635年頃
油彩/カンヴァス 184 x 258 cm
マドリード、プラド美術館蔵
© Museo Nacional del Prado

CHAPTER 8章美術理論

イタリアに遅れること1世紀以上、スペインでは17世紀になって、美術をただの職人芸ではなく知的な学問、高貴な芸術として位置づけ、画家の地位向上を目指す運動が隆盛しました。並行して美術理論に対する興味が高まり、美術に関する様々な文字による記録も飛躍的に増加しました。それらを通じ、スペイン美術を歴史として記述する一ページがこの時代に初めて記されたのです。本章では、他の章の絵画作品を理解する一助として、プラド美術館図書室に所蔵される17世紀の重要な美術理論書のオリジナル初版本を展示し、理論と実践の関係について探ります。会場ではこれらの書籍には独立した章を設けず、1-7章内の随所で関連する絵画作品とともに展示します。

読売新聞社の展覧会

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