ダンテの『神曲』「地獄篇」に登場するフランチェスカ・ダ・リミニと、その夫の弟パオロ・マラテスタの悲恋がテーマとなっています。義弟パオロと恋に落ちてしまったフランチェスカ。ふたりは『アーサー王伝説』に書かれた不義の恋の話を読む最中に、互いの愛を確認します。しかし、そこに突然立ち現れた夫ジョヴァンニによって、共に殺されてしまいます。パオロの左手に握られた本が、このエピソードを象徴しています。
オークランド展会場風景 オーギュスト・ロダン《接吻》1901–4 年 ペンテリコン大理石 Tate: Purchased with assistance from the Art Fund and public contributions 1953
3つの大理石彫刻《接吻》
《接吻》は当初、1880年にフランス国家が依頼した《地獄の門》の一部として構想され、その後、独立した単体の像として制作されました。ロダンの生存中に制作された大理石像の《接吻》はわずか3体。いずれも等身大を超える迫力の大きさです。最初の作品は、フランス国家によって発注され1898年にパリで展示されました[現・ロダン美術館蔵]。その後、それを見たふたりのコレクターにより、さらに2体が注文されました[現・ニュ・カールスベア美術館(コペンハーゲン)蔵および出品作]。大理石像ならではの、白く磨き上げられた艶やかな肌合いは、理想的な男女の身体の美しさを際立たせています。
オークランド展会場風景 オーギュスト・ロダン《接吻》1901–4 年 ペンテリコン大理石 Tate: Purchased with assistance from the Art Fund and public contributions 1953
物議を醸したテートの《接吻》
英国在住のアメリカ人コレクター、エドワード・ペリー・ウォーレンによって発注されました。ギリシアのペンテリコン大理石を用い、3体のなかでも最も美しいといわれています。ロダンと交わした契約書には、「オリジナル[現・ロダン美術館所蔵]と完全に同じにみえるように」「男性性器を完成させること」となどの条件が記されています。1913年、市庁舎に貸し出されますが、不倫を扱ったうえエロティックすぎるという理由から騒ぎになり、シーツで覆い隠されました。ウォーレンの没後、買い手がつかなかったものの、1953年にテートが購入しました。
オークランド展会場風景 オーギュスト・ロダン《接吻》1901–4 年 ペンテリコン大理石 Tate: Purchased with assistance from the Art Fund and public contributions 1953