篠山紀信 写真人生60年、「時代」をヌードにして撮ってきた

The Birth 1968年 撮影 篠山紀信

 

写真家・篠山紀信。ヌードと聞いて、日本人なら真っ先に思い浮かぶ〈作り手〉の一人だろう。現在、巡回展覧会「篠山紀信 写真力」でも、その圧倒的な写真の持つパワーが評判を呼び、もうすぐ累計100万人を超す勢いだ。学生だった1960年代から現在まで、ヌード写真を撮り続けてきた約60年を振り返ってもらった。

 

 

ヌードには制約がある、そこがおもしろい

 

今回、200年のヌードの歴史をたどる展覧会、と聞いて、そうか、篠山紀信の60年のヌードを振り返る、というのも悪くないなって。私はヌードばっかりじゃないんですよ()。歌舞伎もやってれば、建築もやってれば、この間は原発まで行って撮影したりなんかしてるから。だけど考えてみると、ヌードはやっぱり多いです。60年くらい撮り続けたヌード写真を集めて、その時代時代で、どんなものを撮ってたんだろうなって俯瞰してみると、そこから時代が見えてくるんですよ。

 

私が生まれて初めてヌードを撮ったのは、学校の授業。ヌードモデルの人が来て、その周りをカメラ持った学生が取り囲んで、それで撮るっていう……。だから、モデルとのコミュニケーションなんてまったくなかった。《ヒューマン・フォルム》っていうタイトルでしたね。20歳かそこらの時、知り合いの写真館に毎週通って、ストロボたいてヌード写真を撮ったりもしていた。写真をやり始めた頃で、写真の勉強としてとにかく撮っていた。これが1964年の頃です。

 

大学時代から広告制作会社で働きながら、ニコンサロンで個展をやったり、日本広告写真家協会の第1回目のAPA賞をもらったり、若い頃は生意気ながらに芸術写真を撮るのがおもしろかった。沖縄が返還前の時代、飛行機でいける最南端の島だった徳之島で撮影した作品なんて、5人のモデルを連れて、私はハッセルブラッドを買って徳之島まで! 写真ももちろんフィルムだからね、全部一発で撮った写真。当時、海外の雑誌にもよく載りました。「Photokina(フォトキナ)」ってドイツであるカメラの見本市であった展覧会に招待されたとき、キスしてるような双子のヌード写真を出そうと思った。そうしたら、それはダメだって言われて。どうしてダメなのか聞いたら、やっぱりヨーロッパでは宗教的な意味で、レズビアン的なことを感じさせる写真はダメだと。だけど一方で展示された作品は、アンダーヘアが見ているんだけど、そういうのは問題ない。でも当時1969年、日本でいえば、アンダーヘアを出しちゃいけないと言われてて、みんなカットしてた時代。ヌードって、世界中で何出してもいいよって自由な国はないんです。どの国でも、宗教的なこととか道徳的なこととか、いろんな理由があって、いろんな制約がある。ヌードに対して、必ずそういった制約があるっていうところが、私はやっぱりおもしろいなと思います。

 

時代が求めている欲望を、ハダカにすること

 

日本は60年代からイケイケドンドンで高度経済成長が始まって、70年代はグラフ・ジャーナリズム全盛の時代、8090年代になるとバブル真っ盛り。東京の中に、ニョキニョキニョキニョキとにかく高層な建物がウワーッと出てくる。とにかく不思議な時代。雑誌『GORO(小学館)ではじめた「激写」シリーズや、カメラを複数つなげてバチャッと撮って最終的につなげる「シノラマ」でも、やはりヌードを撮ってきた。90年代は、メールヌード、男性の裸も多く撮っていた頃。ウラジーミル・マラーホフというバレエダンサーのヌードも、この頃の作品です。完成された男性のヌードはすっごく綺麗なんですよ。

 

2000年代になると、ガラッと空気が変わりました。ヌードっていう写真がどこを見ても溢れてる。劣情を刺激するためにあるようなヌード、湿ったヌードがどこにでもある。それから、写真において一番の革命が起こるんですよね。デジタルの登場です。この変化とともに、写真の内容もガラッと変えよう。ならば、明るいヌードにしよう!とはじめたのが、「アカルイハダカ」。デジタルに移行したことで、表現ももちろん変わってくる。その時代が求めているものも変わる。そして2017年、去年からはラブドールをテーマにヌードを撮り始めました。今はAI、人工知能とか流行ってますよね。じゃあラブドールに人工知能を入れたらどうなるか。近未来というものを想像してみようかなと思って。最新作《イノセンスの館》では、人間とラブドールとマネキンが混在して、不思議な世界を作り出している。年内には、この写真集を出す予定です。

 

イノセンスの館 2018年 撮影 篠山紀信

 

自分の写真だけを振り返ってみても、その時代が求めている欲望や、僕自身がその時代に感じるいろんな感情を反映して写真ができている。その時代が生んだおもしろいヒト・モノ・コトを一番いい角度から、一番いいタイミングに“パパッと撮っちゃう”、それが私の写真のやり方なんです。だから「次のテーマはなんですか?」ってすごくよく聞かれるけど、「わかんない。そんなこと時代に聞いてくれ」って答える。だって、時代の方がどんどんどんどん、おもしろいもの作ってくれるんですよ。私は何を撮っているかっていうと、時代というやつをヌードにして撮ってる。だから私の写真は、時代のヌード。一見簡単なようだけど、時代と並走して写真を撮っていくって体力もすごくいること。20代の写真館で撮影した頃からずっと並走して疲れてて、もうそろそろダメっていつも思ってるんですけどね()

 

 

〈篠山紀信プロフィール〉 1940年、東京生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。大学在学中に広告制作会社ライトパブリシティ入社、第1回日本広告写真家協会展公募部門APA賞受賞。1968年よりフリー。国際写真フェスティバル金賞その他、受賞歴多数。多くの雑誌の表紙やグラビアを手がける一方、作品性の高い写真集や海外での展示も。時代を代表する人物を撮り続け、「激写」や「シノラマ」など新しい表現方法と新技術で常にその時代を切り撮り続けている。

公式サイト http://www.shinoyamakishin.jp/

 

 

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