コラム 

池上英洋コラム「ヌードの世紀―19世紀ヨーロッパの裸体美術」

 

西洋美術史の著書も数多く、わかりやすく興味をそそるテーマ設定が楽しい美術史家・池上英洋。「ヌード」展で楽しめる19世紀後半から現代にかけての〈ヌード〉の軌跡、その源流に位置する19世紀の裸体美術について、「ヌードの世紀」と称される19世紀という時代を紐解く。

 

絵画の黄金時代において、裸体像はその最大傑作を生む源泉をなした。

―ケネス・クラーク、『ザ・ヌード』より(高階秀爾・佐々木英也訳)

 

《締め出された愛》とヌード画のタブー

 

まだ未成熟な肢体をさらしたひとりの少年が、細い両腕をいっぱいに突っ張って扉を開けようとしている。しかし金属製の扉はぴくりとも動かず、裸のままの彼を締め出したまま、冷たく押し黙りつづける―。

 

西洋の官能美術の歴史において、クピドはヴィーナスとならぶ主要キャラクターであり続けたが、アンナ・リー・メリットによる《締め出された愛》(1890年、本展出品作品)ほど、切なさを漂わせたクピドが描かれたことはない。諦めたかのように顔をうつむける彼の背中には、本来ならあるはずの翼もない。というのも本作品は、結婚からわずか3ヶ月で亡くなった夫ヘンリーの墓碑のために、画家が考えたデザインをもとにしたものだからだ。彼女の愛(=クピド)は、飛んで戻る先を永遠に失ってしまったのだ。

 

アンナ・リー・メリット《締め出された愛》 会場写真

 

1844年にアメリカで生まれた女性画家メリットは、諸国を転々とした後、英国に移住しラファエル前派のひとりとなった。彼女の名声は、1890年の王立アカデミーで高い評価をえた本作品によって確立された。―しかし、ことはそう単純ではない。レイトン(後述)の指導をうけたメリットは、アカデミーのならいとして生身の裸体モデルを用いて絵を描いたが、男性の裸体画を女性画家が描いて堂々と発表できるほど、当時の性的倫理観(モラル)は寛容ではなかった。実際の少年モデルを使って描かれた本作は、女性画家によって描かれ、公的な場で発表された最初の男性裸体画となった点で、ヌード美術史において際立った重要性を有している。しかし同時に、描かれた対象が少年の裸体だったからこそ、それが許されたという側面もあるのだ。

 

 

アカデミーと「理想的ヌード」

 

19世紀は、アカデミーによってヌード美の基準(カノン)が確立されたことで「ヌードの世紀」となったが、一方で、そこから脱却して近代的なヌード美を手にいれようとする模索をもまた生み出した。

 

前者の代表格がウィリアム・アドルフ・ブグローやアレクサンデル・カバネルら(ともにヌード展では作品展示はありません)であり、フランスの芸術アカデミーで創り出された女性裸体画は、ヌードの歴史のなかでひとつの頂点を極めた。彼らが理想としたのは古代ギリシャ・ローマの古典彫像であり、それを復活させて昇華させた、ラファエッロを中心とするルネサンス美術だった。彼らはそこに自然主義の理想像を見出し、実際の人間モデルをベースに理想的な人体像を創りあげた。

 

私たちはその典型を、ブグローの《ヴィーナスの誕生》(1879年、オルセー美術館蔵)に見ることができる。古代彫像に学んだコントラポスト(=片方の足に体重をかける自然な立ち姿)によってゆるやかなS字を描くヴィーナスは、ボッティチェッリの名高い同主題作とほぼ同じポーズをしている。ところが、ボッティチェッリのヴィーナスと同じ姿勢で立とうとしても、実際には不可能だ。女性の裸体モデルなど手に入らない時代に、脳内で創り出されたヌードと、生身のモデルをベースとしているブグローとの大きな違いがそこにある。こうして生み出されたアカデミーのヌード美は、西洋文化による世界支配を経て、今に至るまで世界の美の基準となっている。時代も人種も文化圏も異なるはずの私たち現代日本人までが、ブグローらのヌードを一種の理想美とみなしている理由がここにある。

 

 

ラファエル前派とアカデミズムからの脱却

 

何かによって支配されれば、そこから逃れようとする動きもまた生じるものだ。まさにラファエル前派とは、産業革命による近代化と、アカデミーによる支配への抵抗運動と言ってよい。

 

文学に先導された同派は、18世紀イギリスに端を発する近代工業化に逆らって、中世的な文化への憧憬を活動動機のひとつとする点で、アーツ・アンド・クラフツ運動などと軌を一にしていた。彼らがラファエル前派と呼ばれるのも、ルネサンス以降の画壇で主流となったアカデミーのラファエッロ理想主義に対する反発姿勢をよく示している。

 

 

ジョン・エヴァレット・ミレイやハーバード・ドレイパー、ローレンス・アルマ=タデマ(いずれも本展の展示作家たち)らによって描かれたヌードが、ことごとく幻想的な妖しさを放っているのは、彼らがアカデミー的な実際の人物モデルを用いつつも、現実にはありえない舞台設定のなかにヌードを配し、それにともなって人体描写にも、解剖学的な正確さよりはむしろドラマティックさをこそ求めた結果である。フレデリック・レイトンなど、英国王立アカデミーの会長をつとめたような人物だが、彼の《プシュケの水浴》(1890年、本展出品作品)でプシュケが見せる裸体のなまめかしさでわかる通り、その作風は彼が交流をもったラファエル前派の様式そのものである。

フレデリック・レイトン《プシュケの水浴》 展示写真

 

こうして、19世紀に確立されたヌード美の基準は、またたくまに同世紀のうちに脱却がはかられた。それ以降のヌード美術の展開は、ひとことで言えば「多様化」へと移行する。テート・コレクションが誇る19世紀後半から20世紀前半までのヌード美術を核とする「ヌード」展は、こうした流れを一度に確認することのできる、またとない機会となるだろう。

 

 

〈池上英洋プロフィール〉 1967年、広島県生まれ。美術史家、東京造形大学教授。著書に『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(小学館)、『神のごときミケランジェロ』(新潮社)、『もっと知りたいラファエッロ』(東京美術)、『ルネサンス天才の素顔』(美術出版社)、『恋する西洋美術史』『美しきイタリア』(光文社)、『「失われた名画」の展覧会』(大和書房)、『芸術家の愛した家』(エクスナレッジ)、『西洋美術史入門』『西洋美術史入門<実践編>』『死と復活』『官能美術史』(筑摩書房)など多数。日本文藝家協会会員。

 

 

 

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