没後35年 清原啓子銅版画展

千葉県

清原啓子(1955~1987)は1978年、多摩美術大学美術学部絵画科3年生の時に版画コースを選択、千葉県ゆかりの銅版画家・深沢幸雄(1924~2017)らに銅版画を学んだ。清原が初めて制作した《鳥の目レンズ》 を見て驚いた深沢は「清原君、君は大変な銅版画家になりそうだ。何かキラキラしたものが見えるんだよ、ひとつ頑張ってやってみないか」と語りかけたという。清原は深沢の期待通り、1982年には第50回日本版画協会展において最高賞である協会賞を受賞、1983年には初個展を開催するなど、早い時期から注目を集めたが、1987年に31歳の若さで急逝した。1980年代、清原は自作について「時代遅れ」と自嘲しながらも、幻想・幻視探求へと作風を確立させることに伴い、技法を長い時間と忍耐が要求されるエッチングに集約していく。後に深沢が「正に鏤骨(るこつ)、骨を刻むがごとく銅を刻んだのである。」と清原の約10年間の活動を振り返ったように、ニードル(先端が針状に尖っている金属製の道具)による点と線をただならぬ密度で銅板に刻んでいたことから、生前に制作された銅版画は未完成を含む30点のみであった。本展では、作家が署名したオリジナル作品を中心として関連資料(素描、試刷り、原版等)を併せて約80点を展示、作家が人生をとおして追求した銅版画表現の魅力をたどる。

開催概要