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名古屋城からはじまる植物物語

慶長14年(1609)に徳川家康が築城した名古屋城は、尾張徳川家の居城であった。狩野派の絵師たちによって施された美しい障壁画は、昭和5年(1930)に宮内庁から名古屋市に下賜されるまではごく限られた人しか見ることがかなわないものだった。しかし、障壁画制作のために江戸や京都から集められた狩野派の絵師たちの一部がそのまま留まったことや、また主要絵師がしばしば尾張を訪れて狩野派の技法を伝えたことなどから、狩野派の作風が尾張にも広まった。
19世紀に入り本格的な発展をはじめた本草学において、本草学者たちはヨーロッパから入ってきた植物解剖学を学び、狩野派の粉本などで学んだ描き方と、顕微鏡などを用いて観察する方法と融合させて、美しい植物画を描くようになっていく。
本展では、江戸時代に狩野派に代表される尾張の絵師たちが引き継いできた花鳥画をルーツとして、その伝統が西洋植物画と融合して、ボタニカルアート、ジャポニスム、アール・ヌーヴォーへとつながっていった流れを展観。また、シーボルトに学び、シーボルトに「余は圭介氏の師であるとともに、圭介氏は余の師である」と言われた尾張の本草学者 伊藤圭介(1803~1901)の像に迫る。

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