鳥取県

生誕110年 岡本太郎―パリから東京へ

戦後における日本の「顔」の一人であった岡本太郎(1911-96年)。会期中に生誕110年を迎えることを記念して開催する本展は、岡本が戦前のパリで培った前衛芸術家との交友と、戦後の日本において主導した芸術運動との関係に焦点を当てるものである。
岡本太郎は1930年に渡仏し、以降10年にわたってパリに滞在して絵画の研鑽を積んだ。早くも1933年には、ハンス・アルプやカンディンスキーらが所属していた前衛芸術家の団体「アプストラクシオン・クレアシオン(抽象創造)協会」に参加し、同地にて優勢であった抽象絵画を牽引する芸術家らと親しく交流している。なかでもクルト・セリグマン(1900-62年)と意気投合したことで「ネオ・コンクレティスム(新具象主義)」を標榜すると、岡本の表現は抽象を離れ、次第に具体的な要素の表出へと向かう。この動向は日本でもリアルタイムで紹介され、下郷羊雄や靉光、阿部展也といった作家の一部の作品には、その解釈と実験の過程を読み取ることが出来る。
大戦後、岡本は東京を拠点として活動を再開し、精力的に絵画制作を進めるかたわら、「夜の会」をはじめとするジャンル横断的な団体の結成に深く関わり、とくに新人作家のあいだで強い存在感を示すようになった。同時に岡本は戦前のパリで知遇を得た作家との交友をもとに、いくつかの展覧会を企画し、それは戦後日本における美術の動向に大きな影響を与えることになる。本展の後半では、ニューヨークに拠点を遷していたセリグマンの選出によるアメリカ人作家の作品を加えた「第3回読売アンデパンダン展」(1951年)と、ジャン・フォートリエ、カレル・アペル、グロッシらの作品を紹介した「世界・今日の美術展」(1956年)などの記念碑的な展覧会を取り上げる。これらを契機として国内ではアンフォルメルや抽象表現主義といった同時代の欧米における美術への関心が深まり、例えば吉原治良が率いる具体美術協会の活動として結実するなど、1950年代中盤以降の日本の現代美術の進路を定めることになった。
本展では、これまで必ずしも十分に解明されていなかったオーガナイザーとしての岡本の役割を、同時代の展覧会との関係において検証する。パリ時代からの民族学・社会学的な関心のもとに全国の土俗的な文化を取材した一連の仕事とあわせて、先取的かつ精力的な岡本太郎と彼を擁した時代の様相を展覧する。

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